青髪の少女1
ヴィアは北方の国ノーゼンライナーで生まれ育った。両親と六歳下の妹の四人家族で、父は冒険者、母は専業主婦。父の稼ぎは悪くなく、家族は穏やかで幸せだった。
ヴィア自身も父に剣を習い、いつか自分も冒険者になるのだろうと、ぼんやり未来を思い描いていた。
すべてが狂い始めたのは、ヴィアが十四歳の時だ。父が洞窟ダンジョンで死亡し、母はそのショックで心を病んだ。抜け殻のようになり、家事もせず、宗教と薬に没頭するようになった。家は半ばヴィアが支える状態になり、収入はなく、蓄えを切り崩して生活していた。
存在していたものが突然なくなるのは空虚そのものだ。愛する人ならなおさらだ。母が壊れてしまったのは仕方がないのかもしれない。だが、いきなり全てを背負わされたヴィアにとっては、たまったものではなかった。自分だって苦しいのに。
父の死から半年ほど経った頃、家に闖入者が現れた。
名はマルコス。父の弟で、元冒険者。向いていないと早々に辞め、街でゴロツキのような生活をしていた男だ。素行が悪く、父から義絶されていた。
父の死をどこからか聞きつけたのだろう。マルコスは母の心にスルリと入り込んだ。最初は「女三人で大変だろう」と親切に振る舞っていたが、徐々に本性を現した。
家の金を使い込み、昼から酒浸りになり、仲間を連れ込んで騒ぎ、母に暴力を振るう。追い出そうにも母は叔父の言いなりでどうにもならず、妹は幼い。家で抵抗できるのはヴィアだけだった。
そんな危ういバランスのまま、二年が過ぎた。
ヴィアは冒険者として街のダンジョンに潜り、稼ぐようになっていた。才能があったのだろう。収入はそこそこ良く、蓄えを切り崩す生活から、少しずつ貯金ができるほどに家計は回復した。
妹レードがもう少し大きくなれば、一緒に家を出るつもりだった。
最近、マルコスがねぶるような目で自分を見ることが増えた。
レードは幼いから男の趣味の範囲ではないのだろう。だが、成長すれば分からない。環境は最悪だ。
母には気の毒だが、彼女はマルコスのそばを離れたがらない。独立しても街を出るわけではない。多少援助しつつ、たまに様子を見に行けばいい。そう考えていた。
あと少し耐えればいい。そう思っていた矢先、事件が起きた。
レードが貴族に売られた。売ったのは叔父だった。洞窟から帰ると、マルコスが下卑た顔でヴィアを迎えた。仲間も一緒だ。隣には母の亡骸が転がっていた。
男は頼んでもいないのに自慢げに話し始めた。レードが呪いを移す依り代として連れて行かれたこと。母がそれを止めようとして斬られたこと。そして、生意気なヴィアを叩き潰し、手籠めにして売るつもりであること。
ニヤニヤ笑いながら、気持ち悪い視線を向けてくる。ドブを煮詰めたような男。虫唾が走る。
男たちの誤算はヴィアが想像以上に強かったことだ。ヴィアはその場でマルコスと仲間十人以上を斬り殺した。
教えられた貴族の家に行くと、レードを買った貴族は驚くほどあっさり妹を返した。貴族は娘の"呪いを移す依り代"として妹を買っただけで、役目を終えた妹に執着はなかった。むしろ邪魔に思っていたのかもしれない。
レードを抱きかかえながら帰る道で、今後のことを考える。ここにはいられない。母も死んだ。もうこの街に自分を縛るものはない。
レードを連れて街を出た。行く当てはない。幸い、剣士としての適性が高く、生活費を稼ぐことには困らなかった。
旅先でレードの呪いを解ける術者を探したが成果はない。教会も尋ねたが、要求されたのは十億セルスという想像もできない金額だった。自力で解呪する方法も考えたが、魔法書もなく、習得する時間も足りない。
街を渡り歩き、やがて南の街グロッテンベルグに辿り着いた。ノーゼンライナーと同じく洞窟産業が盛んな街だ。南にあるせいか少し暖かい。穏やかな気候が妹の呪いの進行を遅らせてくれるような気がした。
この頃になると、妹はほとんど目覚めなくなっていた。
だが、どこかで「寝ていてくれたほうがいい」とホッとしている自分がいた。
起きていれば喚き、物やヴィアに当たり、かと思えば塞ぎ込んで泣く。
明るく快活だった妹の変貌を見るより、眠ってくれている方がまだましだった。
いっそ自分の手で、何度そう思ったか。だが手を見ると、叔父を殺した時の記憶がよみがえる。
人を斬るのは初めてだったが、後悔はなかった。妹を売り、母を殺し、自分を犯そうとした男。亡骸を見ても何の感慨も湧かなかった。
自分は情が薄い人間なのかもしれない。父が死に、母が心を病んだ時もそうだ。空虚な気持ちはあったが、母ほど父を愛していたかというと自信がない。
妹を殺したら、自分は人ではない何かになる。そう思い、いつも我に返る。まだ諦めたくない。なんとかしなければ。
きっとこの頃の私は、もう壊れかけだった。妹を救えない自分。どうにもならない現実。心はぐちゃぐちゃで、周りは信用できない人間ばかり。
だからだろう。この後に起こることを思うと、今でも涙が出そうになるのだ。




