詐欺師
『炊き出し、炊き出しっと』
心の中でつぶやきながら道を歩く。今日は教会の炊き出しの日だ。パンと肉の入ったスープが参加者にふるまわれる。この国の国教はテミス教で、国民の九割近くが入信していることになっている。俺もテミス教の信者だ。というより、孤児院は教会運営だから自然とそうなる。
教会本部は月に二度ほど炊き出しをやる。要するにタダ飯だ。節約したい俺としてはありがたい。落ちぶれてすまん。まあ、クビになる前も何度か世話になってるけど。
祈りを済ませ、無事に食事にありついた俺が広場でゆっくりしていると、例の青髪、ヴィアがいた。ふむ、何かと縁があるな。いや、金で困っている者同士、必然かもしれない。
向こうも遅れて気づいたのか、目が合う。俺が軽く手を挙げて遠目に挨拶すると、ふいっとそっぽを向かれた。うん、そんな感じだよね。挨拶するような関係でもない。
『帰るか』
広場にいてもすることはない。今日もダンジョンに潜ろう。昨日は運よく角ネズミを三匹捕れた。罠を増やしてコツを掴めば、一日十匹は行ける気がする。赤字には違いないが、食費くらいにはなる。そう思えば気は少し楽だ。
それと、ヴィアにこだわるのはもうやめよう。彼女がどこで働こうが、どれだけ借金があろうが、俺には関係ない。記憶がザワつくそれだけだ。あの子は娘ではない。所詮、大切なのは自分だけだ。
「痛ぇ、この女」
「っ、何するの、離して」
そう思った矢先にトラブル発生。ヴィアがムキムキマッチョに絡まれていた。
「お前のせいで聖水を落としてしまったじゃねぇか。弁償しろ」
マッチョが怒鳴る。地面にはガラスが散乱している。
「ぶつかってきたのはそっち。」
ヴィアが反論する。怒ってても真顔なのか?表情が崩れない。
「俺が嘘言ってるってのか。」
三下みたいな台詞。演技くさい。どちらがぶつかったかは見ていないが、前世で見た“ボトルマン詐欺”に似ている。ヴィアはよそ者っぽいし、狙われたのだろう。
「離してって言ってるでしょ。」
ヴィアが腕をほどき、カバンからガラス瓶を取り出す。
「そんなに聖水が欲しいなら、これをあげるから去って。」
「なっ・・・俺は金を寄越せって言ってんだ!」
予想外だったのか、マッチョがたじろぐ。聖水は十万セルスだが、中身は祈祷された水に過ぎない。瓶は二千セルス程度。詐欺師ならそんなものをもらっても意味がない。やっぱり集りか。
少し介入した方が良いかな?と思って近づく。別の方から声がした。
「教会の前で揉め事とは感心しませんね。」
眼鏡をかけた牧師風の男だ。
「良ければ私に事情を話してくれませんか?」
牧師が二人の顔を交互に見ながら提案する。
『解決かな?』
さすがに詐欺師も牧師の仲裁は無視できない。この国で牧師の地位は高い。俺の出る幕はない。
「・・・・」
「ふむ、なるほど。ぶつかって聖水が破壊されたと。」
牧師風の男が顎に手を当てて考えるふりをする。
「ではこうしましょう。こちらのお嬢さんが男性に半分の五万セルスを渡すということで解決しては如何でしょう?」
『ん?』
「おい、俺が落としたのは十万の聖水だ。五万じゃ足りねぇ。」
「ぶつかってきたのはあっち。なぜ私が払う必要がある。」
二人が同時に反論する。
「どちらが最初にぶつかったかなんて水掛け論です。お互い半分ずつ損したということで片をつけませんか?」
牧師風の男がもっともらしいことを言う。うん、これは仲介を含めた詐欺だな。二段構えか。存外巧妙だ。
「ちっ、しゃあねぇなぁ。」
「わかった。」
あら、ヴィアは払う気なのか。余所者だからトラブルを避けたいのだろう。しかし、騙されるのを放置するのも忍びない。助けるか。
「ちょっといいですか?」
俺が笑顔で三人の会話に入る。
「私は一部始終を見ていましたが、男性が女性にぶつかりに行ったように見えました。」
嘘だ。本当は見ていない。でもこれでいい。詐欺師をまともに相手にする必要はない。
「本当ですか?それなら話は変わりますが・・・」
牧師風の男が驚いたような顔をする。うさん臭い。
「いや、しかし聖水が破壊されたのは事実です。こういう場合は両者に不徳があったと考えるべきでしょう。」
なるほど、“禍害因縁”というテミス教の教えだ。悪い出来事が起きた場合、関わった全員が解決に向けて努力しなければならないというもの。ティングもその教えの一つだ。少しは勉強しているらしい。
「わかりました。では支払いを変えましょう。お嬢さんの支払いを四万セルスにするというのは如何でしょう。」
どうしてもヴィアから金を取りたいらしい。経験豊富な詐欺師か。でも少し脇が甘い。
「いえ、女性が半分の五万セルスを支払うことで決着で良いと思います。」
俺はあえて最初の条件を推す。
「ちょっと」
ヴィアが反論しようとするが、無視して続ける。
「ところで牧師様、こちらの二人は夫婦に見えますか?」
マッチョとヴィアを両手で示す。
「はぁ?そんなわけないでしょう。」
牧師風の男は不思議そうな顔をする。だがこれは重要だ。
「では牧師様、教義書をお持ちですか?」
牧師やシスターは教会内では教義書を持ち歩くルールだ。孤児院のシスターもそうだった。
「いや、今は持っていませんが。」
「なるほど。失礼ですが、あなた、本当に牧師様ですか?」
本題を突きつける。
「なっ、私を疑うのですか。教義書はたまたま忘れただけです。」
「疑っているのはあなたの知識の方です。なぜ十万セルスの損害を“ちょうど”五万で割ろうとしたのですか?」
「?」
牧師風の男が固まる。意味が分からないらしい。
「テミス教には、男女の間で物事を二つに割って与えてはならないという教えがあります。夫婦、恋人、家族だけがその例外です。」
テミス教ではパンであれ借金であれ、男女で物事を均等に二つに割って分けてはいけない。それをやって良いのは夫婦だけである。という教えがある。実際は形骸化したもので、一般人なら知らない人の方が多い。だが、牧師が知らないなんて事は絶対にない。ちなみに俺が知ってたのは孤児院出身で仲間と食事を分ける事が多かったからだ。
「うっ。それは・・・」
この男は知らなかったのだろう。たじろぎ一歩さがる。
「それは?」
俺が一歩詰めながらヴィアに目配せをする。
「牧師を騙るのは重罪ですよ。」
俺がさらに一歩詰める。
「マルネロ逃げるぞ、ブヘッ・・・・」
牧師風の男が撤退の合図を出しのと同時に俺が足を引っかける。男は無様にその場で転る。それを俺が上から押さえつける。
「ぐっ、離しやがれ・・・このっ」
隣を見ると、ムキムキマッチョの男はヴィアに腕を極められていた。暴れているがヴィアの拘束は解けない。いつ殴ったのかわからないが、マッチョの右頬が腫れていた。いや、俺は逃げろって言う意味で視線を送ったのだけど。
「こいつ胸触った。」
俺の表情が非難めいたものに映ったのか、ヴィアが言い訳をした。結構狂暴ですね。ヴィアさん。




