お使い
ダンジョン探索から宿屋に戻ったら、マリ姉から、お使いを頼まれた。
そんなわけで、夕日を背に受けながら、グロッテンブルクの街を歩く。お目当ての屑物屋の店は、街の東側にある市場通りの端にある。鍛冶屋や革職人の店が並ぶ一角で、ひときわ大きな木造の建物がそれだ。
「ユーラーさんいる?」
軋む、扉を開けながら、店内に向けて呼びかける。
倉庫のような店内には四人の店員がいて、それぞれが鉄片を仕分けたり、木材を棚に運んだりしている。そろそろ閉店の時間なので、片付けの準備なのだろう。
「おう、リグノじゃねえか。」
髭をたくわえた、ずんぐりとした男がカウンターの奥から顔を覗かせる。ユーラーだ。年は三十そこそこだが、その落ち着いた雰囲気と体格の良さのせいで、もっと年上に見える。
「ちょっと頼みがあって。」
「お、冒険者を辞めて、ついにうちで働く気になったか?」
「いやいや、俺はまだ冒険者を辞める気はないよ。」
手をひらひらと振って答える。宮仕えは前世のトラウマがある。
「お前さんなら、いつでも歓迎なんだがな。なんなら、娘もついでに付けるぞ。」
冗談めかして言う店主の声は、どこか本気が混じっているようにも聞こえた。
「そんなおまけみたいに、クレアも困るだろう。」
「意外にその気がありそうなのだがなぁ。」
ユーラーが髭をジョリジョリしながら目を細める。店の奥で作業しているクレアがこちらをちらりと見て、すぐに視線をそらしたのが分かった。
ユーラーはその様子を見て、ますます得意げに髭をこすった。
「ほら見ろ。あれは、まんざらでもない娘の顔だぞ。」
自分の名前が聞こえたからこちらを見ただけだろう。父親の勘程当らないものは無い。当たらないくせに、妙に自信満々なのが厄介だ。
大体、クレアはまだ14歳だ。それに、器量も気立てもよい。裕福な屑物屋の一人娘となれば、将来は引く手あまただろう。こんなうだつの上がらない冒険者など相手にするわけがない。
「それより、水浴び場のスラッツが壊れて。」
話題を変える。スラッツとはスノコの事だ。
「あれは湿気にやられやすいからな。で、修理するってわけか」
「マリアーナさんに頼まれてさ」
"マリ姉"の名前が出た時にユーラーがピクリと反応した。分かりやすいのはどっちだ?
「材料ならそこにある。好きなのを選びな。スラッツならパイン材が良いだろう。古釘はあっちの箱だ。」
伐採などで出た細い幹や枝は価値が低いため屑物屋に流れてくる。ユーラーはそれを買い取って皮剥ぎし、乾燥して売る。それを俺らのような奴らが買う。
「後、釘打ちとノコギリとのみを借りたいんだけど。」
直径を親指で確認しながら、木材を選ぶ。ヤーポン滅びるべし。
「金づちとノコギリとのみだな。貸すよ。ただし、刃を欠けさせるなよ。あれは高いんだ」
「分かってる」
「お前さん、道具の扱いは悪くないから安心だが、スラッツの修理ってのは意外と面倒だぞ。」
「覚悟はしているよ。」
選び終えた俺は、棒材2本と古釘8本を精算台に置く。折れたのは1か所だけだが、予備としてもう一本買っておこう、古釘も多めに買う。
「おう、クレア会計を頼む。」
ユーラーが、店の奥に向かって言う。
「ええ~~」
クレアの不満そうな声が聞こえてくる。
「お前、計算苦手なのだから、少しでもやらないと。」
再度、ユーラーが促すと、しぶりながらクレアが奥から出てきた。
「これとこれね。お願い。」
クレアに商品を見せる。髪がボサボサである。今日も忙しかったのだろう。まあ、俺も人の事は言えないけど。
「おとうさん、道具の代金は?」
「ああ、いいんだ、リグノにはただで貸す事になっている。」
ユーラーは俺に貸す道具を布袋に入れている。
「ふーん」
それを聞いた、クレアが下を向いて"うんうん”言いながら代金の計算を始めだす。
「・・・・」
邪魔しちゃ悪いので、黙ってそれを見ている。計算している女の娘ってなんかいいよね。
やがて計算が終わったのか顔を上げる。
「756セルスです。」
うん、間違っているね。繰り上げを1回忘れたな。
「856セルスの間違いじゃない?」
「えっ?え?ほんとう?」
クレアがこちらを見る。わざわざ値段が高くなるような嘘は吐かない。
クレアが再度計算をやり直す。また別の答えが出たのか、眉をひそめ首をかしげる。
「あれ?あれ?」
「クレア、落ち着いてやれ。」
ユーラーが苦笑しながら声をかける。
「じゃあ、お父さんがやってよ。」
クレアはぷくっと頬くらます。なんだか微笑ましい。
再び、顔を下げて、今度は慎重に計算していく。
やがて、少し肩を落としながら言った。
「・・・・856セルス。」
「うん、それで正しいよ。」
「ほら見ろ。計算はやればできるんだ。毎日やればもっと上手くなるぞ。」
ユーラーが横から口を挟む。
「はいはい。」
そう言いながらも、少しうれしそうだ。耳が赤くなっている。
「じゃあ、これで」
代金をクレアに渡し、ユーラーから、道具の入った布袋を受け取る。
「明日は休みだから、道具を返すのは明後日にしてくれ。」
「分かった」
パイン材を抱えて、店を出る。
さて、スノコの修理だな。




