第六話 初めての剣
朝の訓練場には、木剣を打ち合う音が響いていた。
乾いた音が一定の間隔で重なり、砂を踏む足音がその合間を縫う。
騎士たちの額には汗が浮かび、腕や首筋を流れていく。
その一角で、シリウスが一本の木剣を手に取った。
「持ってみろ」
差し出された木剣を、ユリアが両手で受け取る。
ユリアは木剣を両手で握り、周囲の騎士たちを見回す。
構え方を真似るように、足を開いた。
「まず、振ってみろ」
「……はい」
ユリアが木剣を振る。
――ヒュッ。
剣先が空気を切った。
もう一度。
今度は少し強く振る。
シリウスは腕を組んだまま、その動きを見ていた。
ユリアは三度、四度と木剣を振る。
だが、振るたびに剣先がわずかに遅れた。
肩が先に動き、腕がそれを追っている。
ユリアは木剣を見下ろした。
「……」
握り直して、もう一度振る。
やはり同じように、肩と腕の動きがずれ、剣先が遅れる。
シリウスが首を傾ける。
「もう一度」
ユリアが頷く。
木剣を振る。
今度は腰を使おうと、身体を大きく回した。
しかし、剣の軌道は安定しない。
ユリアはしばらく黙って木剣を握っていた。
柄を握る指が、わずかに動いた。
しばらくして、顔を上げる。
「……剣を変えていいですか?」
「合わなかったか?」
「……たぶん」
「……好きなの持ってこい」
ユリアが武器置き場へ向かう。
壁際には、木剣だけでなく、訓練用に木製で作られた短剣や槍などが並べられていた。
ユリアは一つずつ柄を見ていく。
その中から、細身の短剣を一本取った。
柄を握り、重さを確かめるように手首を返す。
そして、そのままシリウスのところへ戻った。
「短剣か」
「はい」
「振ってみろ」
ユリアが頷いて、短剣を構える。
先ほどとは違い、腕が身体の近くに収まっていた。
足幅も狭い。
肩から余計な力が抜けている。
ユリアが一歩踏み込んだ。
短剣が走る。
――ヒュッ。
二度目。
三度目。
短剣が、ユリアの身体の動きに沿って振られていく。
シリウスは腕を組んだまま、黙ってその様子を見ていた。
ユリアはさらに一度、短剣を振った。
今度は足を踏み替える。
身体を低くし、短剣を引く。
先ほどまでのぎこちなさは、ほとんど消えていた。
シリウスの口元が、わずかに上がった。
シリウスは武器置き場から木剣を取る。
ユリアが顔を上げる。
「少し打ち合ってみるか」
「打ち合い?」
ユリアが首を傾ける。
その視線が、訓練場の中央へ向いた。
そこでは騎士たちが二人一組になり、木剣を交えている。
剣がぶつかるたび、乾いた音が鳴った。
ユリアはしばらくそれを眺めていた。
やがて、短剣を握り直す。
「……分かりました」
シリウスが一歩、後ろへ下がる。
「来い」
ユリアが踏み込んだ。
短剣が、シリウスの胸元へ伸びる。
シリウスが木剣を横に滑らせた。
――カンッ。
短剣の軌道が逸れる。
しかし、ユリアは止まらなかった。
手首を返し、身体を半歩ずらす。
今度は脇腹へ。
シリウスが木剣を立てて受ける。
――カッ。
短剣が弾かれた。
ユリアはその勢いのまま腕を引く。
木剣が押し込まれる。
だが、正面から受け止めない。
身体を横へ流し、シリウスの剣を滑らせる。
「……」
シリウスの眉がわずかに動いた。
ユリアが一歩踏み込む。
短剣が一直線に伸びた。
シリウスが身体をひねってかわす。
そのまま木剣を振り下ろした。
ユリアが後ろへ跳ぶ。
砂が跳ねた。
木剣が目の前を通り過ぎる。
シリウスは間を置かず、もう一度踏み込んだ。
今度は横薙ぎ。
狙いは足だった。
ユリアは軽く跳び上がってかわす。
そして、その足が、シリウスの肩に乗る。
「……!」
次の瞬間、ユリアの身体が跳ねた。
シリウスの頭上を抜け、そのまま背後へ回る。
勢いに押されて、シリウスの身体が前に傾く。
足を踏み出して耐え、振り向いたところで、動きを止める。
短剣の先が、シリウスの首元で止まっていた。
訓練場の一角から、木剣の音が途切れた。
シリウスは首元の短剣を見下ろした。
ユリアは腕を伸ばしたまま、じっと立っている。
「……」
短い沈黙のあと、シリウスが木剣を下ろした。
「……もう一度だ」
「はい」
ユリアが短剣を引く。
シリウスが構え直した。
「今度は、少し速くいくぞ」
「はい」
ユリアが短剣を構える。
次の瞬間、シリウスが踏み込んだ。
木剣が振り下ろされる。
ユリアが横へ滑る。
木剣が肩をかすめる寸前で通り過ぎた。
ユリアはそのまま一歩踏み込み、短剣を返す。
シリウスが木剣で受ける。
――カンッ。
短剣が弾かれる。
ユリアは手首を返し、もう一度打ち込んだ。
今度はシリウスが半歩下がる。
木剣が短剣を押し返す。
ユリアは腕を引いた。
押し込まれた力を、そのまま身体の横へ流す。
短剣が低い位置から跳ね上がった。
シリウスが身体をひねる。
短剣の先が、肩のすぐ横を通り過ぎた。
「……」
シリウスが目を細める。
足を踏み替え、間合いを詰める。
ユリアが下がる。
シリウスが木剣を振った。
ユリアは身体を沈める。
木剣が頭上を通り過ぎる。
そのままユリアが懐へ入った。
短剣が首元へ伸びる。
シリウスが木剣を返して受ける。
――カッ。
短剣が弾かれた。
ユリアはその場で身体を回す。
シリウスの横を抜け、背後へ。
だが、今度はシリウスも追いついた。
振り向きざま、木剣が横薙ぎに走る。
ユリアが跳ぶ。
着地した瞬間、短剣を突き出した。
シリウスが受ける。
――カンッ。
――カッ。
乾いた音が、何度も続く。
周囲の騎士たちが、少しずつ二人へ視線を向け始めていた。
「……ユリアって、剣も初めてって言ってなかったか」
「そのはずなんだけどな……」
「ほとんど、かわしてるぞ」
「しかも、切り返す時は一直線に急所を狙ってる」
声が聞こえても、ユリアは振り返らない。
シリウスも何も言わない。
ただ、互いの動きを見ながら、剣を交えていく。
しばらくして、シリウスの呼吸が少しずつ荒くなった。
額を流れた汗が、頬を伝って落ちる。
ユリアの肩も上下していた。
それでも、短剣を握る手は下がらない。
シリウスが木剣を構え直す。
「まだやれるか?」
「……はい」
「よし。なら、もう一本――」
そのときだった。
訓練場に、大きな音が響いた。
――ぐううううう。
「……」
「……」
周囲の騎士たちが、一斉に動きを止めた。
ユリアも短剣を構えたまま固まっている。
シリウスがユリアを見る。
ユリアは無言で視線を逸らした。
数秒の沈黙。
やがて、シリウスの肩が震えた。
「……あっははっ!」
シリウスは声を上げて笑う。
「すごい音だな!」
「……」
ユリアは何も答えない。
シリウスは笑いながら木剣を下ろした。
「いや、すまない。ちょっと、やり過ぎたな」
息を整えながら、木剣を武器置き場に戻す。
その後に続いて、ユリアも短剣を戻す。
「飯にしよう」
「……飯」
シリウスが歩き出す。
ユリアも後を追う。
「それと、腹が減ったなら、そう言っていい」
「……はい」
お読みいただき、ありがとうございます。
この話を少しでも気に入っていただけたら、
感想やレビュー、リアクションなどをぜひお願いします!
次回もお楽しみに!!




