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【シリウス・ユリア編】星風の国物語~呼び笛の向こうへ~  作者: 月森みのり


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第四十七話 願う舞踏


 試着室の中では、ユリアが鏡の前に立っていた。

 ドレスの胸元に手を添え、袖口を整える。

 布が幾重にも広がるスカートの裾は、足首を覆わない長さに仕立てられていた。

 

 ユリアは何となく落ち着かない心持ちで、鏡の中の自分を見つめた。


(……あの人に、似てる……)


 鏡に映る姿と、記憶の中の母の姿が重なる。

 

(……たぶん、こういうドレスが似合うって分かってたんだろうな……)


 ユリアは鏡から目を逸らした。

 胸元に下げた木笛が微かに揺れる。


(……団長が言ってた、あの人に貰った一番大事なものって……これかな……)


 頬に掛かる焦茶色の髪を耳に掛け、そのまま毛先の方へ指を滑らせる。


「ユリアさん、開けてもよろしいですか」


 扉の向こうからルシアンの声がした。


「……どうぞ」


 返事をして、カーテンを少し開ける。

 ルシアンは姿を見せたユリアに目を向け、裾から胸元まで視線を移した。


「とてもお似合いですよ」


「……ありがとうございます」


「では、もう少し開けますね」


 ルシアンがカーテンを引くと、店内にいたシリウスと目が合った。


「……」


 シリウスは何も言わず、ただユリアを見つめた。

 その視線に、ユリアはわずかに身じろぎした。

 視線を落とし、腰のあたりの布地に触れる。


(……あの人は、どんな風に笑ってたっけ)


 幼い頃の記憶が、ふと浮かぶ。


 ユリアは部屋の扉を少しだけ開けて、その隙間から向こうの部屋を覗いていた。

 あの人は何人もの男たちに囲まれ、音楽に合わせて踊っていた。

 裾を翻し、男の手を取っては軽やかに回る。

 煌びやかなドレスが揺れ、灯りを受けた装飾がきらめいていた。

 美しいと、思っていた。


「……」


 ユリアはドレスの裾を指先で持ち上げた。

 鏡の前から一歩離れ、床に足をつける。


 ユリアは一瞬だけシリウスと視線を合わせた。

 そして、小さく笑うと、すぐに目を逸らした。




 ――拝啓、お母さん。そんな呼び方をしたことはないけれど。


 足を軽く踏み出し、爪先を返す。

 ドレスの裾が床を撫で、淡い布地が弧を描いた。


 ――どうやら私は、あなたから貰った体で、生きているようです。


 ユリアの胸元で、木笛が揺れる。


 ――健やかであれと、願ってくれる人がいました。


 身体を半回転させ、振り返る。

 その先で、ルシアンがこちらを見ていた。


 ――あなたに、心安らぐ友はいますか。


 再び向きを変えると、今度はシリウスが視界に入る。

 夏空のような青い瞳が、ユリアを映した。


 ――愛しい人はいますか。


 脳裏に、ステラの姿が浮かぶ。

 淡い銀色の髪。

 窓辺に立ち、こちらへ振り返ったときの、静かな眼差し。


 ――守りたい人はいますか。


 ユリアは緩やかに円を描き、片手を胸元に添えた。


 ――手紙を書いたら、読んでくれますか。


 身体を傾け、足を引く。


 ――呼び笛を鳴らせば、振り返ってくれますか。


 かつて扉の隙間から覗いた姿が、脳裏をよぎった。

 

 ――あなたを知りたいと願うことを、許してくれますか。


 最後に裾をふわりと揺らし、ユリアは足を止めた。

 広がった布地が、ゆっくりと元の形に戻っていく。


 ――……願う心があるというのは、贅沢なものですね。


 ユリアは視線を落とし、わずかに目を伏せる。




 一瞬の静寂のあと、小さな拍手が響いた。

 ルシアンが、ゆっくりと手を叩いていた。

 その音に、シリウスがわずかに肩を跳ねさせた。


「驚いたな、そんな舞踏もできたのか。どこで覚えたんだ」


「……ひみつです」

 

 ユリアは静かに答えて、ドレスの裾の乱れを直した。

 その返答に、シリウスはわずかに目を瞬く。

 ルシアンが笑みを浮かべ、ドレスへ目を向けた。


「本当によくお似合いですが、どうされますか?」


「……さっきのドレスにします」


「よろしいのですか?ご自分でも気に入っていらっしゃるのでは?」


 ユリアの手が、裾の刺繍に触れた。


「……母が、よく着ていたものに似ているなと、思っただけなんです」


「……そう、でしたか」


 ルシアンはそれ以上尋ねず、小さく頷いた。

 シリウスはユリアへ目を向けた。

 深紅の布地に触れる指先が、そこに置かれたまま動いていなかった。


 やがて、シリウスはルシアンへ視線を移す。


「伯爵、両方とも包んでくれ」


 その言葉に、ユリアが顔を上げた。


「別に、いいじゃないか、舞踏会で着なくても。もし母君の面影を感じたくなった時に、また着ればいい」


 シリウスは一度ユリアから目を逸らし、店内のドレスへ視線を移した。


「あと、俺と二人のときとかに……着てくれてもいいし……」


 言葉の終わりが、少しばかり頼りなくなる。

 耳の先が、うっすらと赤くなっていた。


 ユリアは目を見開いた。


「……なんか言えよ」


 シリウスがユリアへ視線を戻す。

 ユリアは返事の代わりに、ふっと口元を緩めた。


「伯爵。このドレスに合うアクセサリーはありますか」


「もちろんです。耳飾りはいかがでしょう。少し大振りで、動くと揺れる感じの」


「いいですね、シリウス様が好きそうです」


「すぐお持ちします」


 二人の会話に、シリウスが慌てて割って入った。


「待て待て!見るのはいいが、あまり高いのは持ってこないでくれ!」


「一番高いやつ見せてください」


「ユリア!」


 ユリアは肩を揺らして笑った。

 胸元の木笛に、そっと指を添える。



たくさんのご愛読、ありがとうございました!

またいつか、彼らの物語を。

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