第四十三話 剣の行方
月日は流れ、シリウスが収監されてから一年以上が経った。
南方のグランセルでは、アルヴェイン公国との国境付近で衝突が続いていた。
対策を講じる会議の最中、ステラのもとへグランセルの将軍領主エヴァルト・ヴァレンシュタイン侯爵が病に倒れたとの一報が届く。
会議室にざわめきが広がる中、ステラは告げた。
「シリウス・ゼフィールの処遇について、緊急裁判を要請します」
◇
二人の看守に付き添われてシリウスは法廷へ続く廊下を歩いていた。
手には枷がつけられたままだった。
後方の窓が小さく音を立てて開いた。
冷たい風が吹き込んでくる。
「シリウス様」
聞き慣れた声に、シリウスはわずかに目を見開いた。
振り返ると、灰色マントが風に揺れていた。
「……ユリア……」
ユリアは灰色マントを軽く押さえ、静かに口を開いた。
「陛下から、伝言を預かりました」
ユリアは真っ直ぐに、シリウスの青い瞳を見る。
「『兄様の成すべきことを成せるよう、祈っております』」
シリウスは一度だけ瞬きをする。
小さく息を吸って、背筋を伸ばした。
「……承知した」
ユリアは小さく頷いて、窓から庭先へ出た。
やがてその姿が木々の中へ消えていった。
シリウスは再び法廷への道を歩き始めた。
(……俺の成すべきこと、か……)
窓の外を一羽の小鳥が横切った。
◇
裁判の争点がシリウスの罪そのものから、グランセルの将軍領主を任せるにふさわしい実力があるかどうかへと変わった。
一人の壮年の貴族が立ち上がり、声を上げる。
「陛下が託そうとしているのは、一都市ではありません。王国南方、その命運です」
その言葉に、重い沈黙が落ちる。
ステラは頷いた。
「ごもっともです。言葉だけでは、誰も納得できないでしょう。ならば――」
青灰色の瞳が、ゆっくりと細められる。
「その資質を示していただきます」
シリウスは法廷の上段、玉座に腰を下ろしたステラを見つめていた。
◇
裁判は法廷から闘技場へ場所を移し、公開試験が行われることとなった。
正面の高台には玉座が据えられ、ステラ陛下が腰を下ろしている。
対戦相手は四人。
皆、見覚えのある騎士だった。
副団長ヴァルター・グレンを先頭に、四人の騎士が剣を構えた。
激しい攻防の末、シリウスの剣の切っ先がヴァルターの喉元で止まった。
残る三人も、剣を止める。
「そこまで」
裁判長の声が響き、一瞬の静寂のあと、多くの拍手が広がった。
その空気を断ち切るように、一人の議員が口を開く。
「副団長殿らの実力を疑うつもりはありません」
男は闘技場中央へ視線を向ける。
「しかし、旧知の間柄である以上、手心が加えられていないと、誰が断言できましょう」
傍聴席に、小さなざわめきが広がる。
ヴァルターが一歩踏み出そうとするが、その肩へ、ローランが手を置いた。
鎧が冬の日差しを受け、鈍く光を返す。
ローランは裁判長へ視線を向ける。
「王国騎士団長ローラン・ヴァルクール、試験への参加を願います」
裁判長はステラを見る。
ステラは頷いた。
「許可します」
◇
シリウスは再び剣を構える。
ローランとの攻防が続く中、シリウスは視界の端で灰色の影を捉えた。
ほとんど音もなく、その姿は一直線に中央へ駆けてくる。
「……おっと」
シリウスが振り返ると、短剣が一閃する。
身をひねってかわした先へ、もう一本。
灰色のマントの内から放たれた刃が、間を置かず迫る。
シリウスは小さく笑った。
「配達人が、こんなことしていいのか」
「陛下の許可は取りました」
「ローランだけじゃなく、お前もステラも……皆、俺に厳しいな」
「当然です。まだ裁判は終わっていませんから」
ユリアの表情に、笑みはない。
ただ真っ直ぐに、シリウスを見据えている。
シリウスは一度、二人から距離を取る。
「……怒っているのか」
ユリアは短剣を構え直す。
「……怒っています」
短い返答にシリウスは苦笑し、剣を握り直した。
「そうか。なら、この試験が終わったら謝ろう」
言葉が終わるより早く、ユリアが再び砂上を駆けた。
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