第四十六話 熱①
王都の大通りには買い物客や馬車が行き交い、軒を連ねる商店からは客を呼び込む声が聞こえてくる。
ルシアンが経営する服飾店の店内には、仕立ての異なる衣服や色とりどりの布地が並んでいた。
大きな窓から差し込む光が、飾られたドレスの刺繍を淡く照らしている。
カウンターの前で、ユリアは届け物を差し出した。
「こちら、ヴィオラ卿からの領収書です。ご確認をお願いします」
「ありがとうございます」
ルシアンは封を開き、中の書類に目を通した。
「確かに受け取りました」
「はい。それでは、失礼いたします」
「おや、今日はお急ぎですか?」
顔を上げたルシアンに、ユリアは小さく笑顔を向けた。
「まだ次の配達がありますので」
「お忙しいのですね」
「有り難いことです」
ユリアは鞄を肩に掛け直し、踵を返す。
「では、また」
にこりと笑って、店の出入口へ向かった。
扉の鈴が鳴る。
ユリアは足早に通りへ出ていき、人波に紛れていった。
「……」
ルシアンは店頭の窓越しに、ユリアの背中をしばらく追っていた。
ユリアの姿が見えなくなってから、ルシアンは書類をカウンターに置く。
(……笑顔が消えるのが、少し早かったな。よほど忙しいのか)
ルシアンはわずかに目を細めた。
(……もしくは、忙しくしていたいのか……)
ルシアンは目を伏せ、息を吐いた。
扉の鈴が鳴り、新たな客が入ってきた。
ルシアンはそちらへ笑顔を向け挨拶をし、ほかの店員に目配せをする。
店員が客を案内するのを確認して、ユリアから受け取った領収書を手に従業員用の部屋へ下がった。
それから数週間後。
「誰か、団長を呼んでこい!」
水場近くの廊下を通りかかったローランは、外から聞こえた声に足を止めた。
窓越しに外を見ると、水場の傍に騎士たちが集まっていた。
「騒がしいな。何事だ」
「あ、団長!ユリアが!」
ローランは騎士たちの間を抜け、水場へ向かった。
途中、少し離れた場所に郵鞄が置かれているのが見えた。
ユリアは水場の縁に寄りかかるように座り、半身を水に浸からせていた。
制服も髪も、すっかり濡れている。
その姿に、ローランは思わず眉をひそめた。
「……何をしている」
声をかけると、ユリアがゆっくり顔を上げた。
「……団長?」
ユリアは焦点の定まらない目で、ローランを見つめる。
「配達を終えて、帰る途中だったんですけど……なんか暑くて……」
「暑い……?」
ローランは一瞬、言葉を失った。
土の上に薄く残った雪が、視界の端に映る。
頬に触れる風は乾き、冷たかった。
ローランはわずかに首を傾げながら、手を差し出す。
「とりあえず、そこから出ろ」
差し出した手を、ユリアがぼんやりと握る。
ローランはその手を引き、彼女を水場から引き上げた。
ユリアの濡れた制服から、水が滴り落ちる。
握った手から伝わる熱さに、ローランは目を見開いた。
「お前、熱があるんじゃないか」
「ねつぅ……?」
ユリアは不思議そうに首を傾げた。
「お前が行くべきなのは、ここじゃなくて、医局だ」
「ぅー……わかんない……」
ローランは深いため息を漏らす。
「……まったく」
呆れたように呟いて、ローランはユリアを抱き上げた。
周囲の騎士へ視線を向ける。
「おい、陛下へ伝令だ。しばらくユリアはこっちの医局で預かる」
「はっ!」
その指示に騎士たちが慌ただしく動き出す。
ローランは歩きながら、腕の中のユリアに目を落とした。
ユリアは彼の肩に頭を預け、ぼんやりと目を閉じかけていた。
「おい、まだ寝るな」
「……はぁい」
妙に素直な返事に、ローランはもう一度ため息をついた。
着替えを済ませたユリアは寝台に横になった。
濡れた制服は乾かすために預けてある。
枕元には水差しと、畳んだタオルが置かれていた。
ローランは寝台の脇に立ち、ユリアの顔を覗き込んだ。
「そういえばお前、騎士団にいた頃は、全然風邪とか引かなかったな」
「そうでしたっけ」
ユリアは枕に頬を埋めたまま答えた。
「……その前は、体調が悪い時はどうしてたんだ?」
「ええっと……川に入ったり……なんか、草食べたり……」
「草?」
「薬草です」
ユリアは少しだけ顔を上げた。
「その時は知らなかったけど……森の動物が調子悪いときに食べてる草があったから、それ食べてました」
ローランは黙り込んだ。
しばらくして、額に手を当てる。
「……よく生きてたな」
「ちゃんと効いたんですよ?」
「そういう問題じゃない」
ローランは寝台の脇の椅子を引き、腰を下ろした。
ユリアは枕に頬を戻す。
「とにかく、少し休め。働きすぎだ」
「……ん」
返事をしたものの、ユリアは目を閉じようとしなかった。
ローランはその様子を見て、手を伸ばす。
焦茶色の髪を、ゆっくりと撫でた。
「おやすみ」
「……はい。おやすみなさい」
ユリアは小さく笑った。
やがて、瞼がゆっくりと下りていく。
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