↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【シリウス・ユリア編】星風の国物語~呼び笛の向こうへ~  作者: 月森みのり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
44/52

第四十四話 お留守番仲間


 王城の廊下の燭台には明かりが残り、窓の向こうには月が浮かんでいる。

 ステラの自室では、寝台の脇に置かれたランプが淡い光を落としていた。


 ステラは机の前に座り、開いた本に目を落としている。

 白い指先がページの端に触れ、ゆっくりと次の頁をめくった。


 そのとき、テラスの扉が静かに開いた。

 カーテンが風に膨らみ、その向こうから一人の少女が姿を現す。

 ステラは顔を上げた。


「……ユリア?」


 ユリアは小さく手を振った。


「こんばんは、姫様」


「……何かありましたか?」


 ステラは本を閉じ、椅子から立ち上がった。

 ユリアは扉を閉め、室内へと歩み寄る。

 窓辺に置かれた鉢植えの葉が、背後でかすかに揺れた。


「ううん。姫様に会いたくなっただけ」


 ステラはユリアの顔を見つめた。

 ユリアの肩にはいつもの灰色マントも革鞄も掛かっていなかった。


「……そうですか」


 ステラはそれ以上は尋ねず、頷くだけだった。

 銀髪の細い束が肩から滑る。


「……ねぇ、姫様」


 ユリアは首を傾け、ステラの目を覗き込んだ。


「姫様は、シリウス様に会いたい?」


 ステラの指がわずかに動いた。


「……会いたいなら、連れて来ましょうか?」


「連れて来れるのですか?」


 ステラはユリアを見上げた。


「出来ますよ。姫様がお望みなら、ね」


 ユリアは配達人として、監察局へ何度も足を運んでいた。

 牢の建物の造りも、出入りする人間の顔も、警備の交代する時間も把握している。

 誰にも知られないまま、シリウスのもとへ行くことも、そこから連れ出すこともできるだろう。


 ユリアは答えを急かさず、ステラの顔を見ていた。

 ステラは視線を落とした。

 白い手の指先が、寝衣の裾をつまむ。


「……連れて来なくて、いいです」


「……会いたくない?」


「いえ、会いたいです」


 ステラは顔を上げた。


「でも、会ってしまえば、なんだか、兄様が騎士でなくなってしまう気がして……」


 ステラは言葉を切り、ユリアへ真っ直ぐ視線を向ける。


「それは嫌です。だから会いません」


 ユリアはしばらくステラを見つめていた。

 

「……そっか」


 ユリアは視線を落として、小さく笑った。


「確かに、騎士じゃないシリウス様なんて、らしくないですね」


 二人の間に、しばらく沈黙が落ちた。

 ステラは寝台のほうへ目を向けた。


「……ユリア。一緒に寝ましょう」


「……え?」


 ユリアは目を瞬かせた。

 ステラは寝台のそばまで歩いていき、掛け布を両手で持ち上げる。


「このベッド、大きいので二人で寝ても落ちませんよ」


 そう言って、寝台を振り返った。

 ユリアは寝台とステラを交互に見た。


「……じゃあ」


 ユリアはゆっくりと寝台の方へ歩く。

 靴を脱ぎ、寝台の端に腰を下ろした。

 思いのほか、身体が沈んだ。


「わぁ、すごいふかふか」


 思わず声が漏れた。

 ユリアは目を丸くして、寝台に手をついた。

 指先で掛け布の表面を撫で、もう一度、身体を少し沈めてみる。

 隣では、ステラが掛け布を整えていた。


「そうですか?」


「はい。こんなベッド、初めてです」


 ユリアは横になり、枕に頬を寄せた。

 ステラはその様子を眺めてから、自分も横になる。


 ステラは顔を横に向け、ユリアを見つめた。


「……ちょっと変な感じですね」


「……そうかも」


 二人はしばらく互いの顔を見つめ、それから小さく笑った。




 ステラは掛け布の上に出ていた手を持ち上げた。


「手も繋いでみましょう」


「……はい」


 ユリアは少しだけ身体を寄せ、差し出された手に自分の手を重ねた。

 ステラの指が、ユリアの指にそっと絡む。

 ステラはつないだ手を見つめ、指先を動かした。

 ユリアも握り返す。


「……姫様は、寂しくない?」


 ユリアが呟くと、ステラは瞬きをした。


「……分かりません」


 ステラは身体の向きを変え、天井へ目を向ける。


「もともと兄様はずっと出掛けていて、城にあまり居ませんでしたから」


「……嫌じゃなかった?」


「嫌じゃないです」


 ユリアはつないだ手に目を落とした。


「……どうして?」


 ステラはしばらく黙っていた。

 つないだ手を胸元へ引き寄せる。


「兄様はどんなに遠くに行っても、いつもちゃんと帰って来てくれます」


 小さく灯されているランプの明かりが、ステラの横顔を淡く照らす。


「お土産もたくさん持ってきてくれて、お話もたくさんしてくれます」


 ステラは指先を動かし、ユリアの手を握り直した。


「だから、嫌じゃないです」


 ユリアはしばらくステラを見つめた。

 やがて、目を伏せた。


「……でも、また何処かに行っちゃいますよ?」


 ステラはすぐには答えず、ゆっくりと瞬きをする。

 風が窓枠を小さく揺らした。


「兄様が出掛けた後は、お土産を見ながら、お話を思い出すんです」


 ステラは言葉を切り、ユリアの方へ顔を向ける。


「それから、次はどんな話が聞けるんだろうって、考えます」


 青灰色の瞳を細めて、小さく笑った。


「私はその時間も、嫌いじゃないです」


 ユリアは何も言わなかった。

 枕に頬を預けたまま、ステラの顔を見ている。


「……そっか、姫様はお留守番が得意なんですね」


 ユリアの口元に、小さな笑みが浮かぶ。


「すごいなぁ。私は初めてなのに」


「お留守番、したことないんですか?」


「……はい。私もずっと出掛けてる側でしたから」


 ユリアはそう言って、枕に頬を沈めた。

 焦茶色の髪が顔の上を滑る。


 ステラはつないでいないほうの手を持ち上げ、ユリアの頭にそっと触れた。

 ユリアが目を瞬かせる。


「大丈夫ですよ、ユリア」


 ステラの手が、ゆっくりとユリアの髪を梳いていく。


「楽しいことを考えていたら、すぐ帰ってきます」


 ユリアは一瞬だけ瞳を揺らし、すぐに目を伏せた。

 ステラの手が、もう一度、頭を撫でる。


「……ありがとう、姫様」


 ステラは小さく頷いて、目を閉じた。

 ユリアは隣の寝顔を眺め、やがて自分も瞼を下ろした。


 二人の手は、寝台の上でつながれたままだった。



お読みいただき、ありがとうございます。

この話を少しでも気に入っていただけたら、

感想やレビュー、リアクションなどをぜひお願いします!


次回もお楽しみに!!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。