第四十三話 収監
開け放たれた窓から風が入り、机の上に積まれた書類の端を揺らしている。
ローランは団長室でペンを走らせていた。
書類の一枚に目を通し、署名を終える。
次の紙へ手を伸ばしたところで、窓辺に影が落ちた。
窓枠に片足をかけたユリアが、室内を覗き込んでいる。
「……どうなっているんですか」
その声に、ローランは顔を上げた。
「何がだ」
「シリウス様のことです」
ローランはペンを持つ手を止める。
それから、窓辺に立つユリアへ目を向ける。
「監察局が正式な手続きを踏んだ上での身柄拘束だ」
「それは知っています」
ユリアは窓枠から足を下ろした。
灰色マントがふわりと広がる。
ユリアは裾を整え直すと、机の前まで歩いてきた。
「それで、どうなるんですか」
「調査の結果を待つほかないだろう」
「……」
ユリアは口を閉じた。
机の上には、決裁を待つ書類が何束も積まれている。
ローランはその一つへ目を落としたが、ユリアは動かなかった。
やがて、ローランが静かに言った。
「……何かしようとは、思うなよ」
ユリアの指が、肩掛け鞄の紐を握った。
「下手をすれば、私もお前も危うくなる。それこそ、あの方の望むものではない」
「……分かっています」
ユリアは紐から手を離した。
ローランは椅子の背に身体を預け、短く息を吐く。
「食事はとったか?」
「……まだですが」
「なら、食堂で食べていくといい。たまには他のやつらにも顔を見せてやれ。構いたがりの連中が、手持ち無沙汰にしてる」
ユリアは瞬きをした。
「……仕方ない人たちですね」
ユリアの口元がわずかに緩んだ。
「では、お邪魔しました」
そう言って、踵を返す。
「扉から出ていけ」
「……善処します」
呆れたようなローランの声に、ユリアはにこりと笑う。
窓辺へ向かい、窓枠に足を掛ける。
「ユリア」
後ろから声が掛かって、ユリアが振り向く。
ローランは顔を上げた。
「……ただの伝令に戻りたくなったら、言えよ」
ユリアはわずかに目を見開いた。
「……そんな簡単に、戻れるんですか」
「何のために私が後見人についたと思ってる」
ユリアはローランを見て、しばらく黙った。
ローランも何も言わず、書類にペンを走らせた。
遠くから木剣を打ち合う音が聞こえた。
「……もう少し、頑張ってみます」
風が焦茶色の髪を揺らした。
「そうか」
ローランは小さく頷く。
ユリアも頷き返すと、窓枠を軽く蹴って、庭へ降りた。
やがてその姿は遠くに消えていく。
「……」
窓から吹き込んだ風が、机の端に置かれた書類を一枚だけめくった。
ローランはそれを軽く押さえ、再びペンを走らせる。
◇
数日後。
王城の一室で、ヴィオラは机に置かれた報告書に目を通していた。
机の上には書類が数枚重ねられ、その脇に冷めかけた茶が置かれていた。
向かいには、エドガー・クロムウェルが立っている。
「以上が、調査の結果です」
ヴィオラは最後の頁をめくった。
記された文面を端まで読み終えると、机の上へ戻した。
「罪は確定したのですね」
「はい」
エドガーは短く答えた。
「処分についてですが、ご身分を鑑みて、通常の手続きとは異なる対応を取ることも可能です」
ヴィオラは報告書から目を上げた。
「収監を免れることもできる、と」
「ええ」
ヴィオラは椅子の背に身体を預け、額に片手を当てた。
先王陛下の崩御に続き、セレナの修道院へ入り、レオニスも離宮へ移った。
王家を取り巻く環境は、大きく変わっていた。
ヴィオラは眉を寄せ、しばらく黙っていた。
やがて小さく息を吐いて、エドガーへ向き直る。
「……収監してください」
エドガーの眉がわずかに動いた。
「よろしいのですか」
「収監しても、しなくても、周囲が騒がしくなるのは避けられません」
ヴィオラは机の上の報告書に指を置いた。
「……それならば、収監された方が、本人は静かに休めるでしょう」
エドガーはしばらくヴィオラを見ていたが、やがて目を伏せて頷いた。
「承知しました。必要な手続きを進めます」
「お願いします」
エドガーは踵を返し、部屋を出る。
扉が閉まる一瞬、廊下から差し込んだ光が床を横切った。
足音が遠ざかっていく。
ヴィオラは椅子に座ったまま、窓の外へ目を向けた。
庭の木々が風に揺れている。
枝を離れた葉が、風に押されて庭の石畳を滑るように流れていった。
「……長い冬になりそうですね」
ヴィオラは目を細めて呟いた。
しばらくして、背後に控えていた侍女へ顔を向けた。
「姫様を呼んできなさい。今後の話をします」
「かしこまりました」
侍女が一礼し、扉へ向かう。
ヴィオラは再び窓の外へ目を戻した。
風が吹き、石畳に落ちた葉が小さく舞い上がる。
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