第四十一話 シリウスの陰④
その日、シリウスはグランセルの駐屯地にいた。
夜になると作戦室の机に書類を広げ、ローランや参謀幹部たちと話をしていた。
窓から吹き込む風が、書類の端をかすかに揺らしている。
窓の方から小さな音が聞こえて、シリウスは顔を向けた。
「シリウス様」
窓枠に足をかけ、ユリアがこちらを見ていた。
灰色のマントの裾が、夜風に揺れている。
「……正面から入れよ」
「こちらの方が早かったので」
ユリアは何事もなかったように窓から室内へ入り、シリウスの前まで歩み寄った。
「レオニス殿下からです」
一通の手紙が差し出される。
シリウスは受け取り、封を切った。
中の紙を広げ、目を走らせる。
しばらく、シリウスは紙を見つめていた。
やがて顔を上げ、ユリアへ目を向ける。
「ユリア、兄様に伝えろ」
「はい」
「『任された』」
ユリアは静かに頷く。
「……確かに、お預かりしました」
「行け」
「はい」
ユリアは踵を返し、再び窓へ向かった。
窓枠に手をかけると、夜の闇へ身を滑らせる。
灰色のマントが一度翻り、その姿はすぐに見えなくなった。
シリウスは手紙へ視線を戻した。
「どうかされたのですか」
ローランの声に、シリウスは顔を上げた。
手にしていた紙を机の上へ置いて、呟く。
「……城が動きそうだ」
ローランは手紙に目を落とした。
紙には、簡潔な一文が記されていた。
『リアをステラ付きに移したい』
ローランは目を細め、小さく頷いた。
翌日から、リアの配置換えに向けて動き始めた。
ローランと騎士団の人員配置を確認し、関係部署との調整を進めた。
シリウスも近衛騎士の配置や必要な手続きを確かめ、関係者との話し合いを重ねた。
やがて、レオニスの専属騎士だったリアは、ステラ付きの近衛騎士となった。
それから数週間後。
レオニスは王城を離れ、郊外の離宮へ居を移した。
レオニスが離宮へ移った後。
城内を歩けば、王族の今後について囁く声が耳に入るようになった。
「レオニス殿下が離宮へ移られたとなると、これからは王族の中心はシリウス殿下が担われるのか」
「いずれ王位を継がれるのも、シリウス殿下なのかもしれないな」
シリウスは廊下を行き交う者たちの声に足を止めることなく、騎士団本部へ向かう。
団長室には、次の任務に関する資料が広げられていた。
地図の上には駒が並び、街道や山道にはいくつもの印がつけられている。
ローランが書類を一枚、シリウスの前へ差し出した。
「先遣隊は東の街道を進ませる予定です。敵が北側へ回った場合、こちらの部隊が合流するまでに時間がかかります」
シリウスは地図へ目を落とした。
「なら、予備隊を街道の分岐点に置こう。北へ動いた場合も、東へ進んだ場合も対応できる」
「兵数が足りなくなります」
「本隊の一部を後方に残す。物資の護衛も兼ねさせればいい」
ローランは地図上の駒を動かし、配置を確かめた。
「……それなら、輸送隊の出発は一日早めましょう。向こうに動きを悟られないよう、表向きの予定は変えずに」
「ああ、それがいい」
その後も、二人は部隊の配置や補給経路について確認を重ねた。
シリウスは地図上の印を指し、必要な箇所に修正を加えていく。
やがて、ひと通りの打ち合わせが終わった。
ローランは資料を揃えながら、シリウスの右肩へ目を向けた。
「肩の調子はいかがですか」
シリウスは眉を上げた。
「あれからどれだけ経ったと思ってる。すっかり治ったよ。跡は残ってるがな」
右肩を軽く回し、口元を緩める。
ローランは机の上の資料に目を落とした。
「……ご無理はなさらないでください」
「分かっている。ヴァルターやヴィクトルに怒られるのは、もう懲りた」
シリウスは肩をすくめて笑った。
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