↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【シリウス・ユリア編】星風の国物語~呼び笛の向こうへ~  作者: 月森みのり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/47

第四話 素性調査  


 夕暮れの王都を、ユリアが歩いていた。

 大通りを抜け、細い路地へ入っていく。


 その後ろを、一定の距離を保ってローランが歩いていた。

 人の流れに紛れ、ユリアから十数歩ほど離れてついていく。

 ユリアは一度も振り返らない。

 やがて、路地の角を曲がった。


 ローランも続く。

 しかし、角を抜けた先にユリアの姿はなかった。


「……!」


 ローランは足を止め、左右を見回した。


 石造りの壁。

 閉じた店の扉。

 路地の脇に積まれた木箱。

 人影はない。


 ローランは路地の奥へ一歩進んだ。


「何してるんですか?」


 すぐ隣から声がした。

 ローランが振り向く。

 壁際にユリアが立っていた。

 焦茶色の髪が肩のあたりで風に揺れている。


「……」


 ローランは黙ってユリアを見る。

 ユリアも黙って見返した。

 やがて、少しだけ首を傾ける。


「私に何か用ですか?」


「……ああ」


 ローランはユリアへ向き直った。


「家はどこだ」


「家?」


「親に会って挨拶をしたい」


 ユリアの眉がわずかに動いた。


「挨拶なんて、必要ありません」


「必要だ。お前はまだ子供だろう」


 ユリアはしばらくローランを見上げていた。

 やがて視線を横へ逸らす。


「……会うのは、お勧めしません」


「なぜだ」


「お金がかかりますよ」


「金……?」


 ローランの眉が寄った。

 ユリアは少し考えるように目を伏せた。


「女が歩けば客を引き、男が歩けば金を貪られる」


 淡々とした口調だった。


「そういう場所なんですけど……行きますか?」


「……」


 ローランは黙り込んだ。

 ユリアもそれ以上は何も言わない。


 通りの向こうから荷車の音が聞こえてくる。

 車輪が石畳を擦り、遠ざかっていく。


 しばらくして、ユリアが口を開いた。


「……裏山の方から回れば、様子は見られます」


 ユリアは王都の外れに位置する山へ目を向けた。


「それでもいいですか」


「……ああ」


 ローランが頷くと、ユリアは周囲に目を向けた。


「では、こちらです」


 ユリアは路地の奥へ向かった。

 ローランも、その後を追った。




 ユリアは路地を抜けると、王都の外れへ向かって歩き始めた。

 石畳が途切れ、土の道へ変わる。

 家々の間隔も次第に広くなり、低い柵の向こうに畑が見えた。

 さらに先には、木々の生い茂る山がある。


 ユリアは道を外れ、草の間へ入った。

 ローランも後に続く。


「道はこっちなのか?」


「はい」


 ユリアは振り返らずに答えた。


 踏み固められた跡はほとんどない。

 細い獣道のような場所を、ユリアは迷うことなく進んでいく。


 枝が顔の高さへ伸びてくると、手で押し上げる。

 足元に張り出した木の根を避け、斜面では土の硬い場所を選んで足を置く。

 ユリアの足取りには迷いがなかった。

 ローランはその後ろを歩いた。


 しばらく進むと、木々の向こうから水の音が聞こえてきた。

 流れの音が次第に大きくなる。


 ユリアが足を止めた。

 ローランも立ち止まる。


「……川か?」


「はい」


 木々の隙間から、水面が見えた。

 細い川が山の間を流れている。

 ユリアは川辺へ下りようとした。


 そのときだった。


 茂みの向こうで、枝が大きく揺れた。

 ローランの手が腰へ伸びる。


 黒い影が木々の間から現れた。

 熊だった。

 大きな身体が川辺に立っている。


 ローランが剣の柄へ手を掛けた。

 その手を、横からユリアが掴んだ。


「抜かないで」


 ローランがユリアを見る。

 ユリアは熊から目を離していなかった。


「この辺の動物は、それが自分を傷つけるものだと知っています」


 熊がゆっくりと顔を上げる。


「抜くと、襲ってきますよ」


「……」


 ローランの手が止まる。

 ユリアは熊を見たまま、声を落とした。


「目を合わせず、じっとしててください」


 ローランは剣から手を離した。

 二人とも動かない。


 熊は川辺に立ったまま、鼻を動かしている。

 水の流れる音だけが続いていた。


 やがて熊が身体の向きを変えた。

 一歩。

 二歩。

 ゆっくりと川沿いを歩いていく。


 木々の向こうへ消える前に、熊が川へ前足を入れた。

 水面が大きく揺れる。


 次の瞬間、熊が前足を振り上げた。

 一匹の魚が宙を飛んだ。

 魚はローランの足元を越え、ユリアの前へ落ちる。

 地面の上で、びちびちと跳ねた。


「……」


 二人そろって、魚を見る。

 熊は何事もなかったように、そのまま森の奥へ歩いていった。

 大きな背中が木々の向こうへ消える。


 ユリアはゆっくりと魚に近づいた。

 しゃがみ込み、両手で魚を掴む。

 そのまま川へ放した。

 魚は水面を揺らし、流れの中へ消えていく。


「……魚は好きじゃありません」


 ユリアはそれだけ言うと、静かに立ち上がった。

 ローランは川面を見た。

 ユリアは何事もなかったように、山道へ戻る。


「森に詳しいんだな」


「食べ物を探して、よく歩いているので」


「……食事は家で食べないのか?」


 ユリアの足が一度だけ止まった。


「残飯が出てくれば、良い方です」


「……」


 ローランは黙った。

 ユリアは再び歩き出す。


「……寝床は?」


「特定の場所はありません」


 木々の間を抜ける。

 川の音が、少しずつ遠ざかっていった。




 山道をしばらく進むと、木々の隙間から建物の屋根が見えた。

 ユリアが足を止める。

 ローランも立ち止まり、木々の向こうを見た。

 山の斜面に沿うように建物が並んでいる。

 ユリアが一本の木の陰へ入る。


「ここからなら見えます」


 ローランも隣へ立った。

 木々の間から、建物の入口が見える。


 しばらくすると、男が一人出てきた。

 服の襟元を直しながら、周囲を見回している。

 ユリアが小さく指を向けた。


「あの客は、手癖が悪いです」


「……そうなのか」


「財布を抜くので」


 男は懐へ手を入れ、何かを確かめるように指を動かしている。

 やがて、通りの方へ歩いていった。


 入れ替わるように、別の男が建物から出てきた。


「あの人は、愛想良くすれば菓子をくれます」


 男は手に小さな紙袋を持っている。

 歩きながら袋を開け、中を覗いていた。


 ローランが男からユリアへ視線を移す。

 ユリアは建物を見たまま、表情を変えない。


 さらに別の男が出てきた。


「あの人は機嫌の振れ幅が大きいです」


「振れ幅?」


「昨日は笑っていました」


 ユリアが男を見る。


「今日は怒っています」


 男は扉を乱暴に閉め、そのまま歩いていった。

 ローランは何も言わなかった。

 ユリアは木の幹に背を預けることもなく、立ったまま建物を眺めている。


 しばらくすると、また扉が開いた。

 男が一人、女を連れて出てくる。

 二人は並んで歩き、男が女に何か話しかけている。

 女は笑みを浮かべながら、それに応じていた。


 女が髪を整えるために顔を上げる。

 その横顔を見て、ローランの視線が止まった。

 女の髪は焦茶色で、目元と鼻筋の雰囲気がユリアとよく似ていた。


「……」


 ユリアは何も言わない。

 先ほどまで続いていた説明も止まっている。


 女は男と別れて、建物の中へ戻っていった。

 ローランはユリアを見る。

 ユリアは閉じた扉を見つめたまま、動かなかった。


「……あれが母親か」


 ユリアは何も答えなかった。

 ローランは建物へ目を戻した。


「……あの人のことは、教えてくれないのか」


 ユリアはしばらく答えなかった。

 やがて、わずかに目を伏せる。


「……教えられることがありません」


 風が木々を揺らした。

 葉の擦れる音が二人の間を通り抜ける。


「あの人に、何かをもらった覚えがないので」


「……そうか」


 ローランはそれ以上、何も聞かなかった。

 二人はしばらく木々の間に立っていた。

 やがてユリアが踵を返す。


「帰りますか?」


「ああ」

 



 娼館を離れ、二人は山道を下っていた。

 夕暮れはすでに過ぎ、木々の隙間から見える空が薄暗くなっている。


 ユリアが先を歩く。

 細い道を迷うことなく進み、分かれ道では足を止めることもなく進む方向を選んでいく。

 ローランは少し後ろを歩いた。


 やがて、木々が途切れ、山道を抜けた。

 ローランが足を止める。


「……ユリア」


「はい」


 ユリアが振り返る。

 ローランはしばらく少女を見た。


「お前を正式に騎士団で雇ってはどうか、という話がある」


「……雇う?」


「ああ」


 ユリアが目を瞬かせる。

 ローランは続けた。


「宿舎も食堂も使っていい。多くはないかもしれないが、給金も出る」


 ユリアは何も言わず、ローランを見上げている。

 風が山から吹き下ろし、焦茶色の髪を揺らした。


「騎士になるんですか?」


「騎士じゃなくても、仕事はある」


 ローランはそう言って、王都の方へ歩き出した。


「来るか?」


 ユリアはその場に立ったまま、しばらくローランの背中を見ていた。

 やがて、後を追う。

 暗くなり始めた道に、二人の影が並んで伸びていった。


お読みいただき、ありがとうございます。

この話を少しでも気に入っていただけたら、

感想やレビュー、リアクションなどをぜひお願いします!


次回もお楽しみに!!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。