第三話 騎士団の日常
焦茶髪の少女――ユリアが騎士団に顔を出し始めて、一週間ほどが過ぎた。
朝の訓練場に、木剣の音が響いている。
その脇では、ユリアが水桶を並べていた。
「ユリア、水を頼む」
「はい」
「それが終わったら、手拭いを洗っておいてくれ」
「分かりました」
呼ばれるたび、ユリアは短く返事をする。
水を運び、空になった桶を下げる。
洗い場へ向かえば、今度は別の騎士から声が飛んだ。
「悪い、これも頼めるか?」
「はい」
差し出された手拭いを受け取る。
騎士はそのまま訓練場へ戻っていった。
ユリアは手拭いを抱え、洗い場へ向かう。
最初の頃は、一つ仕事を終えるたびに次に何をすればいいのか尋ねていた。
今では、言われた仕事を覚え、次からは迷わず動けるようになっていた。
水桶が空いていれば満たす。
使った手拭いが溜まっていれば洗う。
食事の時間が近づけば、人数を数えて皿を並べる。
騎士たちも、それを当然のように頼むようになっていた。
「ユリア、これ」
「はい」
「助かる」
受け取った手拭いを畳んでいると、横から別の声がする。
「ユリア、悪い。木剣を二本、持ってきてくれ」
「分かりました」
「倉庫にあるやつでいい」
「はい」
ユリアは頷くと、すぐに倉庫へ向かった。
少し離れたところで、その様子をシリウスが見ていた。
「……随分使われてるな」
隣にいた騎士が笑う。
「仕事を頼めば、すぐ動いてくれますからね」
「そうか?」
「あれ、見てください」
騎士が顎でユリアを示す。
ユリアは倉庫から木剣を二本抱えて戻ってきた。
「もう覚えてるんですよ。どこに何があるか」
シリウスはユリアの姿を目で追った。
「……そうだな」
昼。
食事が終わる頃には、騎士たちはそれぞれ席を立っていた。
ユリアがシリウスの分の皿へ手を伸ばせば、その前にシリウスが自分の皿を持ち上げた。
「これくらい自分でできる」
シリウスが厨房へ向かう。
ユリアもその後ろを歩いた。
「シリウス様、そのままで大丈夫です」
「だから、自分で――」
シリウスが振り返る。
ユリアは伸ばしかけた手をそのままに、シリウスを見る。
「みんなの分も片付けますから」
「……」
シリウスは少しだけ皿を見た。
それから、ユリアへ差し出した。
ユリアは頷いて、それを受け取る。
「お前、俺に敬語を使うようになったな」
その声に、ユリアの手が止まる。
「最初はそうじゃなかっただろ」
ユリアは厨房の外へ目を向ける。
そこでは騎士たちが午後の訓練に向かっていた。
「みんな、そうしてますから」
「……」
シリウスは眉を寄せる。
「お前の好きなように話していい」
ユリアは黙ってシリウスを見る。
やがて、頷く。
「……分かりました」
シリウスが眉を上げる。
ユリアは皿を持ち直し、そのまま片付け始める。
その後ろ姿を見ながら、シリウスは小さく息を吐いた。
「……まあ、いいか」
厨房の外では、騎士たちの笑い声が響いていた。
午後の訓練が終わる頃には、日が傾き始めていた。
訓練場の端に置かれた木箱へ、使い終えた木剣が次々と戻されていく。
ユリアはその横で、水差しを集めていた。
「ユリア、これも」
「はい」
騎士から受け取った水差しを籠へ入れる。
そのとき、一人の騎士がベンチに腰を下ろした。
腕に巻いた晒し布を外そうとするが、結び目が固くなっている。
ユリアが足を止めた。
「外しますか?」
「ああ、頼む」
ユリアはしゃがみ込み、結び目を解いた。
晒し布を外すと、手首の辺りが赤くなっている。
「少し赤いです」
「木剣を振りすぎたかな」
騎士が手首を回す。
ユリアは立ち上がり、棚から新しい晒し布を持ってきた。
「これを」
「悪いな」
騎士が受け取る。
ユリアはそのまま離れようとしたが、騎士は晒し布を巻こうとして片手で苦戦していた。
ユリアは少しだけ様子を見た。
「……巻きましょうか」
「頼めるか?」
「はい」
ユリアは晒し布を受け取り、手首に巻いていく。
最後を結び、指先で緩みを確かめる。
「これで大丈夫です」
「助かった」
騎士が立ち上がる。
少し離れた場所では、シリウスが木剣を片付けていた。
ユリアはそちらへ目を向けた。
シリウスの右手にも、木剣を握っていた跡が赤く残っている。
ユリアは棚から手拭いを一枚取った。
シリウスのところまで歩いていく。
「シリウス様」
「ん?」
ユリアが手拭いを差し出す。
「手に」
シリウスは自分の手を見る。
「ああ」
手拭いを受け取る。
「ありがとう」
シリウスは手拭いで、赤くなった部分を拭った。
ユリアはしばらく見ていた。
やがて、水差しを抱え直し、その場を離れた。
「……あれ?」
近くにいた騎士がシリウスを見る。
「シリウス様、珍しく素直に世話されてますね」
「手拭いを渡されただけだろ」
「それもそうか」
騎士が笑う。
シリウスは手拭いを外し、手のひらを確認した。
「別に、これくらいなら構わない 」
「シリウス様も、すっかりユリアに慣れましたね」
「……そうか?」
「そうですよ」
騎士が小さく笑った。
少し離れたところで、ユリアが水差しを並べている。
シリウスは一度だけ、その背中へ目を向けた。
夕食が終わると、騎士たちはそれぞれの部屋へ戻っていった。
食堂には、片付けをするユリアだけが残っている。
空になった皿を重ね、水差しを運ぶ。
最後の皿を持って厨房へ向かったところで、入口に人影が立った。
シリウスだった。
「まだやってるのか」
「はい」
ユリアは手を止めず、皿を棚へ戻す。
シリウスは厨房へ入ると、残っていた食器を一枚手に取った。
「それは俺がやる」
ユリアが振り返る。
「……ですが」
「これくらい、できる」
シリウスはそのまま皿を棚へ戻した。
次の一枚にも手を伸ばす。
ユリアは何も言わず、その様子を見ていた。
食器を戻し終えると、シリウスは水差しを持ち上げた。
「これは?」
ユリアが指で隣の棚を示す。
シリウスがそこへ置く。
「これで終わりだな」
「……はい」
シリウスは厨房を出ていく。
ユリアも後ろからついていく。
廊下を少し進んだところで、シリウスが振り返った。
「お前も休め」
「はい」
シリウスはそれだけ言うと、自分の部屋へ向かって歩き出した。
ユリアはその背中を見送った。
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