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【シリウス・ユリア編】星風の国物語~呼び笛の向こうへ~  作者: 月森みのり


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第二話 侵入者


 夜の駐屯地は静かだった。

 昼間は聞こえていた剣の音も、騎士たちの声もない。

 厩から、ときおり馬の鼻息が聞こえる。


 少女は建物の裏手を抜け、壁際まで進む。

 足を止め、周囲を見回した。

 誰もいない。


 細い隙間から中へ入り、暗い廊下を進む。

 扉の前で足を止め、耳を澄ます。

 物音はない。


 ゆっくりと扉を開けた。

 中には木箱や樽が並んでいる。

 棚にはパンや干し肉が積まれていた。


 手を伸ばし、パンを一つ取る。

 続けて干し肉を一切れ、懐へ入れる。


 もう一つ――


「おい」


 声がして、少女が振り返る。

 入口に、銀髪の若い騎士が立っていた。

 暗い廊下を背にして、こちらを見ている。


「そこで何してる?」


 少女は答えない。

 若い騎士が一歩、近づく。


「食べ物を盗みに来たのか?」


 足を、後ろへ下げる。

 少女の視線が窓へ向く。

 その視線に若い騎士も気づいて、わずかに目を見開く。


「おい、待て」


 少女が窓へ走る。

 窓を押し開け、外へ身を滑らせる。


「こら!」


 背後から声が飛ぶ。


 地面へ降り、そのまま庭を駆け抜ける。

 塀に足を掛け、その向こうへ飛び降りた。

 すぐさま木々の間へ駆け込む。

 枝が頬をかすめるが、足は止めない。


 窓辺に立った若い騎士が、遠ざかる気配を追うように目を細める。


「……速いな、あいつ」




 それから数日後。

 夜の騎士団に、再び小さな影が入り込んだ。


 前と同じ裏手の通路を抜け、食糧庫へ向かう。

 扉に手をかけ、ゆっくりと開く。


 中は暗い。

 棚に並んだパンへ手を伸ばす。

 ひとつ取る。

 続けて干し肉を掴む。

 懐へ入れようとした、そのときだった。


「そこまでだ」


 背後から声がした。

 少女が振り返る。


 あの若い騎士が立っている。

 壁に背を預け、腕を組んでいた。

 逃げ道を塞ぐように、扉の前に立っている。


 少女の足が止まる。


「この前は逃げられたが――」


 若い騎士が、一歩、近づく。


「今度はそうはいかないぞ」


 少女が窓へ走る。

 若い騎士が先に動いた。


 腕を伸ばされる。

 少女が身体をひねる。

 それでも手首を掴まれた。


「っ……!」


「捕まえた」


 少女はもう一方の手でパンを抱えたまま、身体をよじる。


「おい、暴れるなって」


 若い騎士が、顔を覗き込む。

 青い瞳が少女を捉えた。


 そのとき――

 廊下から足音が近づいてきた。


「シリウス様?」


 低い声に、若い騎士が振り返る。

 扉の向こうから、騎士団長のローランが姿を見せた。


 ローランは足を止め、若い騎士を見る。

 次に、その腕に捕まっている焦茶髪の少女を見る。

 そして、少女が抱えているパンと干し肉へ視線を落とした。


「……」


 しばらく沈黙が続く。

 若い騎士が、わずかに顔をしかめた。


「……あー、っと」


 少女の手元を見る。


「一応、まだ食ってないから未遂だ」


「盗みは盗みです」


 ローランは淡々と答えた。


「……まあ、そうだな」


 若い騎士が少女を見る。

 少女は俯いたまま、パンを抱えている。

 その姿を見て、若い騎士は後ろ髪を片手で掻いた。


「……食べたければ、仕事をしろ」


 その声に、少女が顔を上げる。


「厩の掃除でも、馬の世話でもいい。働けば、飯をやる」


 少女の目が、手元のパンへ落ちる。


「……飯?」


「ああ」


 若い騎士が頷いた。

 そしてローランを振り返る。


「それでいいだろ?」


 ローランは二人を見たあと、小さく息を吐いた。


「……分かりました」


 少女の手から、パンが取り上げられることはなかった。

 若い騎士が食糧庫の外を指差す。


「ほら、まずは厩だ」


 少女はパンを抱えたまま、そちらを見る。

 若い騎士が先に歩き出した。

 少し遅れて、少女の足音が続いた。




 厩には、数頭の馬が並んでいた。

 若い騎士が扉を開ける。


「まずは掃除だ」


 箒を一本、少女へ渡す。


「ここを全部」


 少女は箒を受け取った。

 若い騎士が壁にもたれ、腕を組む。


 少女は床へ目を向ける。

 藁を集め、汚れた部分を掻き出す。

 箒を動かす音が、静かな厩に続いた。


 集めた藁を運び、新しい藁を敷く。

 水桶へ向かい、汚れを落とす。

 新しい水を汲む。


 馬が鼻を鳴らした。

 少女が顔を上げる。

 柵の向こうへ手を伸ばすと、馬が近づいてきた。

 鼻先を手に寄せ、そのまま大人しくなる。


 若い騎士が目を細める。


「……馬も平気なのか」


 少女は答えず、馬の首を軽く撫でた。

 その横で、馬具のほつれに気づく。

 指先で糸をつまみ、引っかからないように整える。


「それは後でいい」


 若い騎士が声を掛ける。

 少女が顔を上げる。


「まず掃除を終わらせろ」


 少女は頷き、残った藁を集めた。

 しばらくして、厩の中が片付いた。

 床には新しい藁が敷かれ、水桶もきれいになっている。


 少女は箒を壁へ立てかけた。


「終わった」


 その声に若い騎士が顔を上げる。


「……速いな」


 若い騎士は呟くように言った。


 その瞬間、少女の腹から、小さな音が鳴った。

 若い騎士が目を瞬く。

 少女は何も言わず、俯く。


 若い騎士の口元が緩んだ。


「飯にするか」


 少女が顔を上げる。

 若い騎士は笑っていた。

 少女は少しだけ目を丸くし、それから小さく頷いた。




 厩を出ると、若い騎士が建物の中へ戻っていった。

 少女も後を追う。


 向かった先は、食堂だった。

 夜も遅く、残っている者は少ない。

 長い木の机がいくつか並び、壁際には空になった皿が重ねられている。


 若い騎士が空いている席を指差した。


「そこで待ってろ」


 少女が椅子の前で立ち止まる。

 若い騎士はそのまま奥へ向かった。

 厨房の方から、食器の触れ合う音が聞こえる。

 しばらくして、若い騎士が戻ってきた。


 手には木の皿と、深めの椀。

 少女の前へ置く。

 パンと、小さな肉の切れ端。

 椀からは、温かな湯気が立っていた。


「食え」


 少女は椅子の前に立ったまま、皿を見る。

 若い騎士は向かいに腰を下ろした。

 少女もゆっくり椅子へ座る。


 わずかな躊躇いを見せながら、スプーンに手を伸ばす。

 スープを一口、口へ運ぶ。

 熱さに少しだけ目を細める。

 それでも、すぐに次の一口を運んだ。


 若い騎士は何も言わず、頬杖をついて眺めている。

 少女も何も言わずに食べ進める。


 やがて皿の上が空になった。

 少女がスプーンを置くと、若い騎士が皿を見る。


「足りたか?」


 少女は頷く。


「そうか」


 皿を重ねて立ち上がる。

 少女も立ち上がる。

 そのまま帰ろうとしたところで、若い騎士が振り返った。


「明日も暇なら来いよ」


 その言葉に、少女が足を止める。

 若い騎士は皿を持ったまま、何気なく続ける。


「仕事があれば、飯もある」


 少女はしばらく若い騎士を見ていた。

 やがて、小さく頷く。


「……分かった」


 それだけ言って、少女は扉から出て行った。

 その足音は、すぐに廊下の静けさへ溶けていった。


お読みいただき、ありがとうございます。

この話を少しでも気に入っていただけたら、

感想やレビュー、リアクションなどをぜひお願いします!


次回もお楽しみに!!


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