第三十九話 シリウスの陰②
休憩の合図がかかると、騎士たちは手を止め、壁際に置かれた水差しへ向かった。
シリウスは訓練場の端に腰を下ろし、手拭いで額を拭った。
右手を握り、開く。
指を曲げ、もう一度、手のひらを確かめるように握り込んだ。
「どうかしたんですか?」
隣に腰を下ろした騎士が、シリウスの手元を覗き込んだ。
「いや、さっきの一撃は効いたなと思って」
「お。俺の成長に気づいちゃいました?」
騎士は胸を張り、得意げに笑った。
「……ああ、負けてられんな」
シリウスも口元を緩めた。
「シリウス様の向上心には勝てそうにないなー」
騎士は肩をすくめ、水差しの栓を開けた。
しばらく水を飲んでいたが、ふと思い出したように顔を上げる。
「そういえば、知ってます?裏で妙な薬が出回ってるらしいですよ」
「……薬?」
シリウスの視線が騎士へ向いた。
「なんでも、飲めば疲労が消えて、身体が普段以上に動くようになるらしいですよ」
「……それ、どこの情報だ?」
「支給品を持ってきた商人です」
騎士は水差しを膝の上に置いた。
「長い任務の後でも動ける。怪我を抱えていても、普段どおりに剣を振れる。そういう触れ込みらしいですよ」
シリウスは眉を寄せた。
騎士は肩をすくめた。
「怪しすぎますよね」
「そんなの、誰が買うんだ」
「そりゃ、騎士とか傭兵でしょ。まあ、欲しくなる気持ちは分からなくないですけどね」
騎士は水差しを傾け、残っていた水を飲み干した。
シリウスはしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。
「……体に何が起こるか分からないものを入れて、万が一が起きたらどうするんだろうな」
「ごもっともっすね。そのうち、監査とか入ったりして」
騎士が笑う。
シリウスも口元を上げた。
「笑い事で済むことを祈ろう」
遠くで再開の合図が鳴った。
騎士は立ち上がり、木剣を手に取った。
「じゃあ、もう一本お願いします!」
「望むところだ」
シリウスも立ち上がり、訓練場の中央へ戻った。
二人が木剣を構える。
乾いた音が、再び訓練場に響いた。
支給品を積んだ荷車が到着したのは午後のことだった。
騎士たちが荷を運び込み、倉庫の床に木箱や麻袋を並べていく。
帳簿を手にした担当者が品目を読み上げ、別の騎士が数量を確認していた。
シリウスもその一角で、荷の確認を手伝っていた。
「いいんですか、シリウス様」
木箱を開けていた騎士が、申し訳なさそうに顔を上げた。
「そっちの方が早いだろ」
シリウスは帳簿を片手に、次の箱へ移った。
保存食、交換用の装備品、薬品類。
記載された品目と数量を照らし合わせ、確認の済んだものに印をつけていく。
いくつかの箱を確認したところで、シリウスは隅に置かれた小さな瓶に目を留めた。
他の荷物に紛れるようにして、箱の底に転がっている。
手のひらに収まるほどの小瓶だった。
中には、濁った紫色の液体が入っていた。
シリウスは瓶を拾い上げ、帳簿へ目を落とした。
薬品類の項目を確かめ、前後の品目も読み直したが、小瓶に該当する記載はなかった。
瓶を持ち上げる。
紫色の液体が、わずかに揺れた。
「シリウス様?」
隣から声がかかった。
「ああ、悪い」
シリウスは顔を上げた。
小瓶を上着のポケットに滑り込ませ、帳簿へ視線を戻した。
「次はそっちの箱だな」
騎士が頷き、蓋を開ける。
シリウスは再び品目を確かめ始めた。
お読みいただき、ありがとうございます。
この話を少しでも気に入っていただけたら、
感想やレビュー、リアクションなどをぜひお願いします!
次回もお楽しみに!!




