第三十五話 王室専属配達人
騎士団本部の団長室には、午後の光が差し込んでいた。
机の上には、畳まれた制服と革製の装備品が並んでいる。
その脇に、小さな笛が一つ置かれていた。
ユリアは最後の品を机に置き、ローランへ向き直った。
「以上です」
ローランは書類から顔を上げ、机の上を一通り確認した。
「ご苦労。後見人の件も、私の名前で届けを出しておいた。問題ないな? 」
「はい」
「なら、手続きは終わりだ」
ローランは机の端に置かれた呼び笛を手に取り、指先で転がす。
「これも返却か」
「もう騎士団のものですから」
「……そうだな」
シリウスに連れられ、ユリアが初めて王城を訪れた日。
慣れぬ場所に戸惑うユリアへ渡したものだった。
やがてシリウスの提案で緊急時の連絡手段として騎士団でも採用され、今では全隊員に支給されているものだった。
ローランは呼び笛を机に戻した。
「部屋はそのまま残しておく。好きに使え」
「え、いいんですか?私、騎士団の所属じゃなくなるんですけど……」
ユリアが目を瞬かせる。
「構わん。どうせ仕事でこっちに来ることもあるだろ。各地を回るときも、駐屯地の宿舎を使っていい」
ローランは手元の書類を揃え、机の引き出しへしまった。
ユリアはしばらくその手元を見ていたが、やがて小さく頷いた。
「……ありがとうございます」
「礼を言うほどのことじゃない」
ローランは椅子の背にもたれ、机の脇へ目を向けた。
「……早速だが、シリウス様から初仕事を預かってる」
「初仕事?」
ユリアがローランの視線を追うと、壁際に台車が置かれていた。
上には細長い木箱と、小さな木箱が一つずつ載っている。
「これは……?」
「リアの着任祝いと、お前の着任に関して協力いただいたレオニス殿下へお礼の品だ」
ローランは二つの木箱を机の上に置いた。
細長い木箱の留め具を外し、蓋を開く。
内側に敷かれた布の上には、一本の剣が収められていた。
続いて小さな木箱を開くと、二つの笛が並んでいた。
「笛は、渡したら一度鳴らしてもらえ。シリウス様が、聞こえたら返事をすると言っていた」
ユリアは二つの笛を見下ろしたあと、首を傾げた。
「……そのシリウス様はどちらに?」
「さあな。適当に散歩してくると言って出ていったが」
ユリアの眉がわずかに寄った。
「……見送りくらい、あってもいいのに」
頬がほんの少し膨らむ。
ローランは片眉を上げた。
「……格好つけたいんだろう。許してやれ」
「……仕様がない人ですね」
ユリアは小さく息をつき、木箱の蓋を閉じた。
ローランの口元に、かすかな笑みが浮かんだ。
ローランは机の上に並んだ木箱へ目を向けたあと、先ほどユリアが返却した呼び笛を手に取った。
「……これは私からの祝いだ」
ローランは椅子から立ち上がり、ユリアの前まで歩み寄る。
手にした笛の紐を広げ、彼女の首にかけた。
木製の笛が、胸元で小さく揺れた。
ユリアはそれを指先でつまみ、表面を確かめるように眺めた。
「……いいんですか?」
「これはもともと、魔除けとして子どもに贈られる物でもある。持っておけ」
「まよけ……」
「悪いものを寄せ付けない、ってことだ」
ローランはユリアの首元から手を離した。
机へ戻りかけたところで、足を止める。
「……まぁ、あれだ」
ローランは小さく息を吐き、言葉を探すように視線を逸らした。
「子どもが生まれたことを喜んで、健やかであれ、って願って贈る物だ」
ユリアは笛を握ったまま、顔を上げた。
窓から吹き込んだ風が、焦茶色の髪を揺らす。
しばらくして、ローランが口を開いた。
「……お前、母親には何も貰った覚えがないと言っていたな」
ユリアの指が止まった。
「けど、一番大事なものを、貰ってるんじゃないのか」
「一番、大事なもの……?」
ローランはそれ以上何も言わなかった。
ユリアは笛を見つめる。
表面には羽根を思わせる細かな線が刻まれていた。
指先で笛を包み込む。
やがて、襟の内側へしまった。
ローランが目を細めて、ユリアへ手を伸ばす。
「しっかりやれよ、配達人」
骨張った大きな手が、ユリアの頭を軽く叩く。
ユリアは顔を上げ、背筋を伸ばした。
「……はい」
小さく笑った。
王城へ続く廊下には、午後の陽射しが差し込んでいた。
窓から遠くの中庭が見える。
整えられた植え込みの間を、庭師が道具を手に歩いていた。
ユリアは二つの木箱が乗った台車を押しながら、廊下を歩く。
すれ違った侍従が、ユリアの姿に気づいて軽く会釈する。
ユリアも足を止めずに会釈を返した。
その動きに合わせて、灰色マントの裾が揺れた。
肩に掛けた郵鞄の留め具には、王室直属の役職を示す紋章が彫られている。
廊下の先に、目的の扉が見えた。
扉の脇に台車を停める。
木箱の蓋がずれていないことを確かめてから、扉を叩いた。
「入れ」
男の声が返ってくる。
ユリアは細長い木箱を両手で持ち上げた。
その上に小さな箱を重ね、扉を開けた。
窓際の机にレオニスがいた。
その傍らにはリアが立っている。
二人の前まで歩いて、一礼する。
「本日より、王室専属配達人を務めることになりました。ユリア・レインです」
レオニスが目を細める。
「君も来たか」
「はい、来ました」
ユリアはにこりと笑った。
腕の中には、二つの木箱。
首元には、小さな呼び笛が揺れていた。
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