↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【シリウス・ユリア編】星風の国物語~呼び笛の向こうへ~  作者: 月森みのり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
33/47

第三十三話 夏の残像


 夏の陽射しが、闘技場の石壁を白く照らしていた。

 観覧席には朝から多くの観客が集まっている。

 選手たちの名が呼ばれるたび、歓声が広がっていく。


「現在、大会二連覇中!留まることを知らぬ男、シリウス・ゼフィール!」


 その瞬間、歓声が膨らんだ。

 シリウスは観客席へ顔を向け、軽く手を上げて応えた。

 視線を上へ移すと、観覧席の最上段にレオニスの姿があった。

 レオニスは席に腰を下ろし、試合場を見下ろしている。


 歓声が響く中、幼い頃の記憶がよみがえる。



   ◇



 レオニスの執務室で、シリウスは扉の脇に立ったまま、兄を眺めていた。


「でも、俺は兄様みたいにはできない」


 レオニスはシリウスを見つめた。

 少しだけ間を置いて、笑う。


「お前にしかできないこともある」


「俺にしか?」


 シリウスが首を傾げる。


「お前は、お前のやり方でいいだろ」


「……俺のやり方」


「そうだ」


 シリウスの顔に笑みが戻る。


「そうか、俺のやり方か!」



   ◇



 シリウスは最上段の貴賓席を見上げたまま、わずかに目を細めた。

 レオニスは変わらず、試合場を見下ろしている。

 シリウスは一度だけ頷くように顎を引き、競技場の中央へ進む。


 肩に鈍い痛みが走った。

 一瞬だけ眉を寄せ、すぐに表情を戻す。

 襟元には白い包帯がのぞいている。

 西南の任務から戻って間もないシリウスの肩には、まだ傷が残っていた。

 

 シリウスは対戦相手と向かい合い、剣を構えた。

 審判が手を上げた。


 合図とともに、相手が踏み込んでくる。

 低い位置から振り上げられた剣を受け流し、返す刃で相手の剣を弾く。


 金属音が響く。

 二度、三度と剣が交わった。


 相手はシリウスの肩口へ狙いを定め、踏み込んでくる。


「っ……」


 その刃が視界に入った瞬間、シリウスの動きが止まった。


 ―――腕に響くような重い一撃。

 ―――迫る剣先。

 ―――肩に走る鋭い痛み。


 西南の戦場で見た光景が、目の前に重なった。


 相手の剣が迫る。

 シリウスは遅れて剣を持ち上げた。

 刃がぶつかり、衝撃が肩へ伝わる。

 歯を食いしばり、後方へ退く。


 相手は追撃を急がず、剣を構え直した。

 シリウスも間合いを取り、剣先をわずかに下げる。

 呼吸を整える。


 次の踏み込みに合わせ、シリウスは横へ動いた。

 相手の剣が空を切る。

 その隙に懐へ入り、相手の剣を弾き飛ばした。

 シリウスは相手の喉元へ剣先を向けた。


「勝者、シリウス殿下!」


 審判の声が響き、観客席から歓声が上がった。

 シリウスは剣を下ろし、対戦相手へ一礼する。

 相手も礼を返した。

 剣を鞘へ納め、試合場を離れる。


 通路へ入ったところで、シリウスは足を止めた。

 剣を握っていた手を開く。

 指先が、わずかに震えていた。


 シリウスは一度、手を握り直した。

 それから、何事もなかったように歩き出した。




 その後、シリウスは準決勝まで勝利を収めた。


 控室へ入ると、ユリアが救急箱を手に待っていた。

 シリウスは襟元からのぞく包帯に目を落とした。

 包帯は薄っすら赤く染まっていた。


 ユリアへ視線を戻して、小さく息を吐く。


「怒っているのか」


「べつに、怒ってません」


 ユリアは救急箱を卓に置いた。


「……座ってください」


 促され、シリウスは椅子に腰を下ろした。 

 上着を脱ぎ、肩を出す。


 ユリアは隣に椅子を寄せて座り、包帯をほどいていく。

 赤く滲んだ傷口が露になると、ユリアは一瞬だけ眉を寄せる。

 すぐに表情を戻し、清潔な布で血を拭き取った。

 新しい包帯を肩に回し、緩みがないよう丁寧に巻いていく。


 シリウスはその手元を見ていた。

 やがて、包帯の端が留められ、傷口から手が離れる。


 それから、ユリアはわずかに目を伏せ、シリウスの背中にそっと頭をもたせかけた。

 シリウスは思わず肩を跳ねさせた。


「ユリア?」


「……おまじないです」


 ユリアは静かに呟いた。

 シリウスはわずかに目を瞬かせた。

 背中に触れる額が温かい。

 傷の疼きとは違う熱となって、ゆっくりと広がっていく。


「……そうか」


 窓から風が入り、卓の上の手拭いを揺らした。

 二人の間に、しばらく言葉はなかった。




 やがて扉の向こうから足音が近づいてくると、ユリアは頭を離した。

 シリウスは上着を羽織る。

 扉が叩かれ、係の者が声をかける。


「シリウス様、お時間です」


「ああ」


 シリウスは短く答えて、脇に置いていた剣を腰へ戻す。

 二人は控室を出て、競技場へ続く廊下を歩く。

 廊下の先が開けると、ユリアは足を止めた。


「行ってくる」


「はい」


 シリウスは振り返ることなく競技場の中央へ向かう。

 ユリアはその背中から目を離さなかった。


 やがて、隣に人の気配がした。


「……レオニス殿下の護衛はどうしたんですか」


 ユリアは横目で隣を見た。

 ローランが競技場へ視線を向けていた。


「ヴィクトルに任せてきた。手持ち無沙汰そうにしてたからな」


「そうですか」


 ユリアは再び、競技場へ視線を戻した。


「……遠くまで行けそうか?」


 ローランが呟いた。

 体の横に下ろされたユリアの指が、わずかに動く。


「……分かりません」


「行ってみたいか?」


 ユリアは競技場へ目を向けたまま、しばらく答えなかった。

 風が吹き込み、焦茶色の髪が揺れた。


「……私は、遠くからでも……」


 ユリアは唇を開き、言葉を探した。


「シリウス様のところに、駆けつけられるでしょうか?」


 最後の言葉は、かすかに震えていた。

 ローランはわずかに目を見開いた。

 ユリアは俯かず、ただ、シリウスの背を見つめていた。


 ローランはゆっくりと手を伸ばし、ユリアの頭に置いた。

 軽く、二度叩く。


「出来るさ、お前なら」




 シリウスは剣を抜き、構えた。

 審判の合図とともに踏み込み、足元の砂が跳ねた。


 相手の剣をかわし、背後へ回り込む。

 相手の背中の向こうに、こちらを見ているユリアがいた。

 ふと、いつかの訓練場で交わした言葉が蘇る。



   ◇



 ユリアはシリウスの前まで歩き、足を止めた。

 焦茶色の髪が肩のあたりで微かに揺れる。


「私、王室専属配達人になりたいです」


 シリウスはしばらく何も言わなかった。

 手にしていた剣を鞘へ戻す。

 刃が鞘の内側を滑り、最後に小さく金属音が響いた。


「……本当にいいのか?」


「はい」


「なるのも、続けるのも、たぶん簡単じゃないぞ」


 ユリアは小さく頷いた。


「でも、決めました」



   ◇



 あれから、三年以上の月日が経っていた。

 シリウスはわずかに目を細める。


(……簡単じゃないとは言ったが、ずいぶん時間が掛かったな……)


 横なぎに振られた剣を、シリウスは身を沈めてかわした。

 踏み込む。

 相手の剣を下から弾き上げた。


 乾いた音を立てて、剣が砂の上を転がった。

 互いに動きを止め、一瞬の静寂が競技場を包んだ。


「勝者、シリウス・ゼフィール!」


 審判の声に、堰を切ったように歓声が広がる。


「シリウス殿下!」


「見事な勝利だ!」


「今年も優勝とは、さすがです!」


 観客席から、次々と称賛の声が飛ぶ。

 シリウスは剣を下ろし、相手へ手を差し出した。

 相手がその手を取る。

 二人は短く言葉を交わし、互いに一礼した。


 シリウスは観客席へ向き直った。

 手を振ると、歓声がさらに大きくなった。

 シリウスは笑みを浮かべたまま、観客席を見渡した。


 称賛の声。

 振られる旗。

 こちらへ向けられた無数の顔。


 今は、誰もが自分を讃えていた。

 肩の傷が疼いて、わずかに眉が動く。


 ―――ひとつ躓けば、この声はどう変わるのだろう。


 その考えが胸に重く落ちる。

 シリウスはわずかに目を伏せた。


(……失敗はできないな……)


 剣の柄を握り直した。

 観客席の上段を見上げると、レオニスが軽く手を叩いていた。

 シリウスは口元を上げる。


「……できたぞ、兄様」


 その声に返事はないが、視線の先で、レオニスも口元を緩めた。


 シリウスは踵を返し、競技場の出口へ足を向けた。

 その先に、ユリアとローランの姿があった。


 シリウスは息を吐き、肩の力を抜いた。

 風が吹き抜け、細かな砂が足元を駆けていった。


お読みいただき、ありがとうございます。

この話を少しでも気に入っていただけたら、

感想やレビュー、リアクションなどをぜひお願いします!


次回もお楽しみに!!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。