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【シリウス・ユリア編】星風の国物語~呼び笛の向こうへ~  作者: 月森みのり


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第三十二話 急報


 夏の午後。

 王城の執務室には、窓から絶えず風が入り込んでいた。

 薄いカーテンがゆるやかに膨らみ、机の上に積まれた書類の端を、かすかに揺らしている。

 陽射しは明るく、白い紙の上に窓枠の影を落としていた。


 レオニスはめくれかけた書類を指先で押さえ、もう一方の手で次の頁を繰った。

 向かいの机では、フェリクスが届いた文書を一枚ずつ整理している。

 その隣では、フィンが帳簿に目を落としていた。


 室内には、紙をめくる音だけが続いていた。

 その静けさの中に、廊下から、早い足音が近づいてくる。

 一定の間隔で響く靴音が、次第に大きくなる。


 フェリクスとフィンが顔を上げた。

 足音は執務室の前で止まった。


「失礼いたします」


 扉が開く。

 騎士服の男が一人、室内へ入ってきた。

 額には汗が浮かび、肩はわずかに上下している。


「レオニス殿下。騎士団より、急ぎの報告がございます」


 レオニスが書類から顔を上げた。

 窓から入った風が、机の上の紙を一枚、ふわりと持ち上げる。


 伝令は一礼し、数歩進む。

 手には、固く封蝋の施された書状があった。

 赤い封蝋は陽射しを受けて鮮やかに見え、その色だけが、この場の穏やかな明るさから浮いている。


 レオニスが手を差し出す。

 伝令は書状をその手に渡した。


「報告を」


「はい」


 伝令は背筋を伸ばした。

 蝉の声が、窓の外で途切れずに続いている。


「西南の戦闘にて、シリウス様とリア・ヴァルケインが負傷しました」


 書状の封を切ろうとしていた手が止まった。

 風にあおられた書類が、机の上でかすかに音を立てた。

 レオニスの目が、わずかに見開かれる。


「……そうか」


 レオニスは短く答えたあと、封蝋を割る。

 乾いた音が、静まり返った室内に響いた。

 紙を取り出し、視線を落とす。


「現在はグランセル領の騎士団医局へ搬送され、治療を受けております」


「容体は」


 伝令は一度、息を整えた。


「シリウス様は肩を負傷され、出血が多かったとのことです。意識は保っておりますが、現在も高熱が続いております」


 レオニスの視線が、報告書の一文で止まる。

 紙の上に落ちた影が、風に合わせてゆっくりと揺れていた。

 伝令は続けた。


「リアには、致命傷はありません。ただ、戦闘による疲労が重なり、意識を失ったとのことです」


 誰も口を開かなかった。

 フェリクスとフィンは壁際に控え、ただレオニスの手元を見つめている。

 

 報告書には、戦闘の経緯と二人の搬送までの状況が記されていた。

 レオニスは一頁ずつ目を通し、最後の頁を閉じた。


「他に報告はあるか?」


 伝令がわずかに姿勢を正した。


「報告は以上です。ただ……」


 レオニスが顔を上げる。

 伝令は言葉を選ぶように間を開けてから、続ける。


「団長から、ユリアにも伝えるよう指示を受けております。居場所をご存じないでしょうか?城内にいることは確認できたのですが……」


「ユリアか……」


 レオニスは壁際のフェリクスとフィンへ視線を向ける。

 フェリクスが口を開いた。


「この時間でしたら、姫様のお部屋かと」


 フィンが続ける。


「ただ、もう半刻ほどすれば、ガイウス宰相の講義が予定されております」


「講義?」


「はい。王室専属配達人として必要となる、王国法や政務についての講義です」


 レオニスは椅子の背にわずかに身を預けた。

 机の上では、先ほどの報告書が閉じられている。


「伝えるなら、講義を終えてからがよろしいかと」


 フィンが淡々と告げる。


「シリウス様が怪我をしたと聞けば、ユリアはすぐにでもグランセルへ向かいかねません」


 レオニスがフィンを見る。


「……自分の講義よりもシリウスを案じるか?」


「おそらく」


 フィンはそれだけ答えた。

 室内に、虫の声が入り込む。

 レオニスはしばらく黙っていた。

 やがて、机の上の報告書へ視線を戻す。


「……講義の日取りをずらせるか?」


 フェリクスが首を横に振った。


「宰相のご予定に空きがございません。これを逃せば、次がいつになるか……」


「……そうか」


 レオニスは報告書を机へ置いて、伝令へ視線を戻した。


「ユリアへの報告は、私が預かろう。こちらで調整をつけてからユリアへ伝える。ローラン殿にも、そう伝えてくれ」


「……承知しました」


 伝令は一礼し、部屋を出た。

 レオニスは閉じた扉から視線を戻した。


「フェリクス、フィン。この件は任せる。ヴィオラ卿に話を通して講義の予定を調整してから、ユリアへ報告を」


「はい」


 フェリクスとフィンが揃って姿勢を正す。

 レオニスは報告書を手に取った。


「あと、私も見舞いに行きたい。その都合もつけてくれ」


「承知しました」


 二人の声が揃う。

 レオニスは報告書へ視線を落とす。


 肩の負傷。

 多量の出血。

 高熱。


 その下には、リアについての記述が続いている。

 レオニスは視線を止めたまま、しばらく頁をめくらなかった。

 窓から入り込んだ風が、銀髪を揺らした。



お読みいただき、ありがとうございます。

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次回もお楽しみに!!


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