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【シリウス・ユリア編】星風の国物語~呼び笛の向こうへ~  作者: 月森みのり


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第三十一話 騎士団の日常③


 騎士団本部の訓練場に、剣の打ち合う音が響いていた。

 木剣がぶつかるたび、乾いた音が石壁に跳ね返る。


「お、やってるな」


 訓練場の入口からシリウスが顔を出した。


 その隣にはユリアが立っている。

 淡い色の上着に、短い丈のズボン。

 足元の靴は艶のある素材で、髪には小さな髪飾りが留められていた。

 

 二人とも、いくつかの買い物袋を手にしている。

 近くで訓練していた騎士が手を止め、口元を緩ませた。


「また買い込んでますね」


「ついな」


 シリウスは肩をすくめて笑った。

 それから壁際の長椅子で手拭いで汗を拭っているリアへ目を向ける。


「リア。相手を頼む」


「……はい、よろしくお願いします」


 リアは頷いて、すぐ脇に立て掛けていた木剣に手を伸ばした。

 シリウスは手にしていた袋をユリアへ差し出す。


「これ、部屋に置いてきてくれ」


「……」


 ユリアは黙って袋を受け取った。

 わずかに眉を寄せている。


「……最近は、リアさんばっかりですね」


 ユリアは目を細め、頬を少し膨らませる。


「リアさんの方が、大事なんだー」


「……は?」


 シリウスは目を瞬いた。

 リアは木剣を持ったまま目を丸くした。

 その声が聞こえた騎士たちも、手を止めている。

 訓練場に、わずかな沈黙が流れた。


 シリウスは眉を寄せ、ユリアへ視線を向けた。


「……ユリア。お前はさっきまで、誰と何をしてた?」


「シリウス様と街歩きしてました」


 ユリアは淀みなく答えた。

 シリウスは額に手を当てた。


「……今お前が来ている上着を買ったのは?」


「シリウス様です」


「靴を買ったのは?」


「シリウス様です」


「髪飾りを買ったのは?」


「シリウス様です」


 シリウスはゆっくりと息を吐いた。


「それで……リアがどうしたって?」


 ユリアは黙った。

 しばらくして、ぽつりと言った。


「……勘違いでした」


 ユリアはリアを見て、にこりと笑う。


「仲良くしましょう、リアさん」


「え、ああ……」


 リアは木剣を持ったまま、何度か瞬きをした。

 シリウスは肩を落として、また息を吐く。


「分かればいい。さっさと着替えて、お前も訓練に入れ」


「はーい」


 ユリアは袋を抱えて、踵を返した。

 その背中を見送り、シリウスは壁際の木箱から木剣を手に取る。


「まったく、あいつは……」


 呟いた声とは裏腹に、口元にはわずかな笑みが浮かんでいた。

 リアは木剣を下ろし、シリウスの横顔を見る。


「……シリウス様」


「ん?」


「シリウス様とユリアは、その……」


 リアが言葉を探すように少し黙った。

 やがてシリウスを真っ直ぐに見る。


「良い仲、というものなのですか?」


 シリウスの眉がわずかに上がった。


「あー……」

 

 シリウスは片手で後ろ髪を撫でる。

 耳が、薄く赤くなっていた。


「そういうわけじゃないんだが……」


 シリウスは訓練場の入口へ視線を向ける。

 すでにユリアの姿はない。


「街で目を輝かせるあいつの顔が……妹にそっくりで……」


 シリウスは肩をすくめた。


「気づいたら、色々と買ってしまってな……」


「妹……」


 リアはわずかに目を瞬く。

 その横から、騎士たちが口を挟んだ。


「シリウス様は妹君が大好きだからなー」


「いつもお土産いっぱい持って行ってますもんね」


「おう、ステラは可愛いぞ!」


 シリウスはぱっと顔を明るくして、続ける。


「小ちゃくて、ふわふわで、目がクリッとしてて、声が鈴のようで……」


「知ってますって」


「シリウス様がいつも話してくれるから、俺たち覚えちゃってますよ、その文言」


 騎士たちは肩を揺らして笑った。


「そ、そうか。なんか、すまん」


 シリウスはバツが悪そうに頬を掻いた。


「……ステラほど愛らしい者は二人といない、と思っていたんだがなぁ……」


 呟く声に、騎士が笑った。


「二人目が現れちゃったか」


「罪な女だなー、あいつ」


「ははっ。おかげで俺は金欠だよ」


「でも、家からの小遣いには手をつけてないんでしょ?」


「当たり前だ。俺の小遣いの出所は国庫だぞ。私的な買い物に使えるか」


「でも俺たちには小遣いの方、使ってくれますよね」


「お前たちは国の騎士だからな」


 騎士が肩をすくめる。


「そういうとこ、きっちりしてるんだもんなぁ」


 別の騎士が笑った。


「かっこいい男だぜ、うちの大将は」


「……よせ」


 シリウスが顔をしかめた。

 そのとき、訓練場の入口から足音が近づいてきた。


「シリウス様ー!」


 訓練着に着替えたユリアが戻ってきた。

 騎士たちの視線が、一斉にユリアへ向いた。


「……え、何ですか?」


 ユリアは一歩、後ろへ下がった。


 騎士たちは互いに顔を見合わせた。

 誰かが口元を押さえる。

 別の騎士が肩を揺らした。


「よーし、ユリア」


 騎士の一人が木剣を肩に担いだ。


「シリウス様のところに行きたければ、俺たちを倒して行け!」


「……はい?」


 ユリアが瞬きをする。

 周囲の騎士たちが次々と木剣を構えた。


「訓練だよ、訓練」


「ほら、リアも入れ!」


「……はい」


 呼ばれたリアが、少し遅れて木剣を構える。


「え、リアさんもですか」


 ユリアがわずかに目を見開いて、リアを見る。


「さっき仲良くするって言っただろ」


 騎士に言われて、ユリアは頷いた。


「ああ、そうでした」


 ユリアは訓練場を見回す。

 木剣を構えた騎士たち。

 その中に立つリア。

 そして、その向こうにいるシリウス。


「……状況が分かりません」


 ユリアは首を傾げた。

 その様子を見て、シリウスは口元を上げる。


「ユリア」


 呼ばれて、ユリアは顔を上げた。

 シリウスは目を細めて、告げる。


「来い」


 その声に、ユリアの瞳がわずかに輝く。


「……はい!」


 ユリアが地面を蹴った。


 一人の騎士が踏み込んだ。

 ユリアが身を低くする。

 振り下ろされた木剣が頭上を通り過ぎた。


 そのまま騎士の横を抜ける。

 別の騎士が前へ出た。

 ユリアは足を止めず、横へ跳んだ。

 伸ばされた腕をくぐり、背後へ回る。


「速っ!」


「捕まえろ!」


 左からリアが迫る。

 リアはユリアの脇腹を狙って木剣を振った。

 ユリアは横へ身体を滑らせてかわし、そのままリアの脇を抜ける。


「……!」


 リアが振り返る。

 ユリアはすでに数歩先へ進んでいた。

 騎士たちの間を抜け、最後の一人の肩へ手をつく。

 次いで、その肩に足を掛ける。


「ぅおっ!」


 騎士の方を蹴って、ユリアの身体が宙へ浮いた。

 空中で身を翻す。

 焦茶色の髪が揺れた。


 シリウスの頭上に影が落ちた。


「おっと……」


 シリウスが両腕を伸ばした。

 仰向けの姿勢で落ちてきたユリアの身体が、そのまま腕の中に収まる。

 勢いに押され、シリウスは一歩後ろへ下がった。


「お待たせしました」


 ユリアはにこりと笑った。


「……たいして待ってない」


 シリウスは小さく息を吐く。


「……これは」


「……うん」


「やっぱり、二人目だな」

 

 騎士たちは全員、動きを止めていた。

 リアもシリウスとユリアを見ていた。


「……そうですね」


「お、リアも笑ってら」


 リアの口元に、小さな笑みが浮かんでいる。

 ユリアはシリウスの腕の中で周囲を見て、眉を寄せる。


「……何の話です?」


 シリウスはユリアを降ろしながら、ため息をついた。


「お前は気にしなくていい」


「はい?」


 ユリアは首を傾げた。

 騎士たちの間から、また笑い声が上がった。


 


お読みいただき、ありがとうございます。

この話を少しでも気に入っていただけたら、

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次回もお楽しみに!!


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