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【シリウス・ユリア編】星風の国物語~呼び笛の向こうへ~  作者: 月森みのり


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第二十八話 アステリアの道②


 北方を離れる頃には、山の稜線が遠く霞んでいた。


 馬車が大きく揺れ、膝の上の地図が滑りかけた。

 ユリアは片手で押さえ、窓の外へ目を向けた。

 道の両側に広がっていた森は次第に途切れ、遠くに青い海が見え始めた。


 西方の港町に着いたのは、翌日の昼過ぎだった。


 港へ続く通りには、荷馬車や人足を乗せた小型の荷車が行き交っていた。

 石造りの倉庫が岸壁に沿って並び、海には大小の船が浮かんでいる。

 帆を畳んだ交易船の脇では、船員たちが綱を引き、岸壁へ木箱を運び出していた。


 潮の匂いに混じって、魚を焼く煙と濡れた木材の匂いが漂っている。

 ユリアは商会の支部へ文書を届けたあと、港の周囲を歩いた。


 港から市場へ続く道は、石畳で舗装されていた。

 道幅は広く、荷馬車が二台並んでも通れる。

 だが、市場に近づくにつれて人通りが増え、荷物を積み下ろす馬車が道の端に停まっていた。


 ユリアは通りの脇に寄り、荷車の流れを眺めた。

 港から木箱を運ぶ荷馬車が市場へ入り、空になった荷台を引く馬車が反対方向へ進んでいく。

 市場から出た荷車の一部は、街の外へ続く街道へ向かっていた。


 ユリアは地図を取り出した。

 港の位置を確かめ、市場までの道筋を線で結ぶ。

 さらに、街の外へ伸びる街道の分岐を記し、荷車が進んでいく方向を矢印で書き添えた。


 港を抜け、街へ入る。

 街の中央には、大聖堂があった。

 開け放された大きな扉をくぐると、正面の壁に高い色硝子の窓が見えた。

 差し込む日差しが床に淡い色の影を落としている。


 扉の脇でしばらく色硝子を眺めていると、修道女が歩み寄ってくる。


「お待たせしました。ヴィオラ卿から話は伺っています。本日は、私が案内させていただきます」


「よろしくお願いします」


 それから、修道女に連れられて、いくつか星祈教の施設を回った。


 大聖堂に併設されている修道院の裏手には、畑が広がっていた。

 その一角に、大きな蔵が三棟建っている。

 蔵の中をのぞくと、穀物の袋や野菜を入れた木箱が積まれていた。


「ずいぶん多いですね」


「修道院の食事分だけでなく、近くの孤児院や治療院で使う分もここで保存しているんです。非常時の炊き出しにも使えるように、普段から多めに保存しています」


「……そうですか」


 修道院を一通り見終わると、下等学校へ移動した。


 ユリアより幼い子どもたちが集まって、算術の授業を受けていた。

 教師役が黒板にいくつかの数字と記号を書くと、子どもたちは自分の手の指を折りながら答えを出す。

 ユリアは馴染みのない光景に、わずかに目を瞬いた。


 治療院の入り口には、微かに薬品の匂いが漂い、順番を待つ人々の姿があった。

 裏手に回ると、馬車が止まっていた。

 荷運びの男が小瓶がたくさん入った木箱を馬車から下ろして、建物の中へ運び入れている。

 

「あれは?」


「薬です」


「……重そうですね」


「瓶のものは、少し重くなりますね」


「軽くできないんですか?」


「瓶でなければ品質が落ちてしまうものもありますから」


 荷運びの男が建物から戻ってきて、再び木箱を持っていく。

 荷台の脇に台車が畳まれていた。


「台車は使わないんですか?」


「揺れて、割れてしまうことがあるので……」


 修道女はそう言って、足元を見る。

 ユリアもその視線を追う。


 足元には石畳が続いていた。

 深い継ぎ目に土が詰まり、ところどころ石の角が欠けている。

 荷運びの男は木箱を抱え、凹凸を避けながら歩いていった。

 

 夕刻になると再び大聖堂に戻り、修道女と別れた。

 ユリアは騎士団の駐屯地で宿を借りた。

 食事と湯浴みを済ませてから、ノートを開いて記録を書く。

 



 西方の港町を出ると、街道は南東へ向かって緩やかに延びていた。

 ユリアは馬車の窓から、道沿いの景色を眺めていた。


 港に近い一帯には倉庫が並んでいたが、街を離れるにつれて建物は減り、畑や牧草地が目立つようになった。

 道端には小さな水路が流れ、ところどころに石橋が架かっている。

 橋の上を荷馬車が通るたび、車輪が石の継ぎ目を越えて音を立てた。


 やがて、道の両側に広い平野が開けた。

 畑では農夫たちが収穫した作物を束ね、荷車へ積み込んでいる。

 少し離れた牧草地には牛や羊の群れが見え、柵のそばでは牧童が長い棒を手に立っていた。

 風に揺れる草の向こうに、屋根の低い農家が点々と続いている。


 街道には、穀物を積んだ荷馬車が列を作っていた。

 荷台を覆う布の隙間から、麻袋の口がのぞいている。

 反対方向から来た馬車には、空になった木箱が積まれていた。


 ユリアは膝の上に地図を広げ、街道の分岐を探した。

 しばらく進むと、畑の間へ伸びる道が見えた。

 先は農地に遮られ、どこへ続くのかは見えない。

 地図に記された道筋は、農地を抜けた先で東の街道へ合流している。


「ここで止めてください」


 御者が手綱を引き、馬車を道の端へ寄せた。

 ユリアは鞄を持って降り、分岐点まで歩いた。


 道幅は馬車一台が通るには十分で、路面には車輪の跡が深く残っている。

 道の脇には排水のための浅い溝が掘られ、雨水が流れた跡があった。


 分岐点の脇では、荷車に穀物の袋を積んでいる男がいた。


「この道は、どちらへ続いているんですか?」


 男は袋を荷台へ押し込み、額の汗を袖で拭った。


「南の集落を抜けて、東の街道へ出る。収穫の時期はこっちを使うことも多いよ」


「街へ運ぶときも?」


「ああ。街道が混んでいるときや、荷を運びやすい道を選ぶときにな」


 男は荷台の縄を締め直した。

 分岐の位置と道幅を地図に書き加え、男に礼を述べた。


 道の先では、荷車がゆっくりと農地の間へ入っていった。

 ユリアは馬車へ戻り、御者に出発を告げた。


 南へ進むにつれて、遠くに石造りの城壁が見えてきた。

 城壁の上には旗が掲げられ、門の前には荷馬車が何台も並んでいる。

 兵士たちが通行する者を確認し、商人たちは荷札を手に順番を待っていた。


 防衛都市グランセルだった。

 馬車が門へ近づくと、頭上の通路を巡回する騎士の姿が見えた。

 門をくぐった先では、物資を積んだ荷馬車が兵舎の方へ進んでいる。

 



 グランセルでの伝令を終えたのは、午後に入ってからだった。

 ユリアは騎士団の詰所を訪れ、街道の調査について騎士に尋ねた。

 壁には周辺地域の地図が掛けられ、机の上には物資の輸送記録が束になって置かれている。

 

「国境へ向かう道は、主にこの二本だ」


 騎士は地図の南側を指した。


「こちらは荷馬車が通れる街道だ。兵糧や武具を運ぶときも使う。ただ、雨が続くと低地の一部がぬかるむ」


 指先が、街道の途中で止まった。


「もう一本は西の丘陵を回る道だ。主要街道が使えないときには迂回路になるが、道幅が狭い場所がある。荷馬車を通すなら、事前に状態を確認する必要がある」


 ユリアは地図をのぞき込み、二本の道を見比べた。


「……馬なら通れますか?」


「騎乗した馬が通った記録はある。ただ、数年前の記録だ。今も通れるかは、実際に確認しないと分からない」


 騎士は机の引き出しから、古い記録を一枚取り出した。

 ユリアは差し出された紙を受け取る。


 騎乗兵の巡回記録だった。

 西の丘陵を回る道を通過した日時と、巡回経路が記されている。

 日付は五年前だった。


 ユリアは地図に主要街道と迂回路の位置を記し、ノートには聞き取った内容を書き加えた。

 実際に通行していない道については、未確認であることも明記する。


 騎士に礼を言って詰所を出ると、城壁に沿って風が吹いていた。

 髪が揺れ、頬に掛かる。




 翌朝、王都へ向けて出発した。


 帰りの馬車の中で、ユリアは地図を膝に広げた。

 北方の山道から街道をたどり、西方の港をを通って南方の農道へ目を移す。

 そこからグランセルへ続く道を指で追った。


 ノートの記録と照らし合わせ、地図に記された道筋を確かめていく。

 記録の足りない箇所には印をつけ、確認すべき項目を書き加えた。


お読みいただき、ありがとうございます。

この話を少しでも気に入っていただけたら、

感想やレビュー、リアクションなどをぜひお願いします!


次回もお楽しみに!!


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