第二十三話 武闘大会
強い日差しが石造りの闘技場を照らし、白い壁に光が跳ね返っていた。
熱を含んだ風が観客席を抜けていく。
闘技場には、朝から多くの人が集まっていた。
円形の観客席はほぼ埋まり、人々の話し声が石壁に反響している。
その一方で、試合場の周囲には張り詰めた空気が漂っていた。
中央には白い砂が敷かれ、その周囲を騎士たちが並んでいる。
剣の柄を確かめる者。
黙って深く息を吐く者。
互いに言葉を交わすことなく、試合場を見つめる者。
やがて、開始を告げる鐘が鳴った。
係の者が一人ずつ出場者の名を読み上げていく。
名を呼ばれた者が試合場へ進み、観客へ一礼する。
「シリウス・ゼフィール殿下!」
ひときわ大きな歓声が上がった。
シリウスが入場する。
白いシャツの上に騎士団の上着をまとい、腰には剣を佩いている。
試合場の中央まで歩くと、シリウスは観客席へ向かって片手を上げた。
視線が、最上段で止まる。
その席にはレオニスがいた。
隣にはローランが控えている。
レオニスとシリウスの目が合った。
互いに言葉はなく、わずかに口元を上げる。
やがてシリウスは手を下ろし、試合場へ向き直る。
対戦相手が入場してきた。
審判が二人の間に立ち、開始の合図を告げる。
剣が抜かれた。
金属音が闘技場に響く。
シリウスが一歩踏み込む。
相手の剣を受け、すぐに距離を取る。
互いに間合いを測る。
レオニスはその様子を見下ろした。
二人が何度か剣を交えるのを眺めてから、レオニスが隣へ視線を向けた。
「……あいつは、この大会、勝てるか?」
ローランは試合場から目を離さなかった。
「……さて、どうでしょうね」
少し間を置き、目を伏せる。
「出場者は皆、強者ですから」
「手厳しいな」
レオニスが苦笑する。
「……進歩もなしか?」
「……そんなことはありません」
ローランが再び試合場を見る。
シリウスが相手の剣を受け流した。
踏み込む。
相手が剣を返す。
シリウスは半歩だけ身を引き、その剣をかわした。
次の瞬間、シリウスの剣が相手の手元を打ち、剣を弾いた。
「勝負あり!」
審判の声が響く。
一拍遅れて、観客席から歓声が上がった。
シリウスは剣を下ろす。
ローランが、その姿を目で追った。
「以前より、ずっと――」
シリウスが剣を鞘へ収める。
金属の擦れる音が、小さく響いた。
「剣が静かになりました」
シリウスは何も知らず、踵を返した。
試合場を出ていく背中を、レオニスが目で追う。
「……そうか」
レオニスはわずかに目を細めた。
控え室へ続く通路には、試合を終えた騎士たちが行き交っていた。
壁際には水差しや布が並べられ、係の者が次の試合の準備を進めている。
シリウスが通路を歩いていると、前方に見慣れた姿があった。
焦茶色の髪。
手には救急箱を抱えている。
「ユリア」
ユリアが足を止めた。
シリウスも立ち止まる。
「見てたのか?」
ユリアは答えなかった。
シリウスの顔、肩、腕へ順に視線を向ける。
それから、服の裂け目がないことを確認するように目を落とした。
「お怪我がないようで、何よりです」
「……ああ」
二回戦。
開始の合図と同時に、相手が踏み込んだ。
シリウスは剣を斜めに構え、振り下ろされた一撃を受け流す。
間を置かず、二撃目。
横薙ぎの剣を身を引いてかわす。
相手は止まらない。
足を踏み替え、今度は逆方向から斬り込んできた。
シリウスは剣を立てた。
金属音が響く。
刃が触れた瞬間、シリウスは力を抜いた。
相手の剣が横へ流れる。
一歩退き、距離を取る。
再び向かい合う。
相手が踏み込む。
シリウスは動かなかった。
剣先が迫る。
直前で身体をずらし、刃をかわす。
そのまま相手の横へ回った。
剣を返す。
相手が振り向く。
しかし、わずかに遅い。
シリウスの剣が相手の剣を弾いた。
「勝負あり!」
歓声が上がる。
シリウスは剣を下ろした。
相手へ一礼し、鞘へ収める。
三回戦。
対戦相手は、シリウスより一回り大きな騎士だった。
両手で剣を握り、試合場の中央に立っている。
大きな身体が一気に動いた。
シリウスが剣を上げる。
受けた瞬間、腕に重みが伝わった。
足が砂を滑る。
さらに一撃。
シリウスは受けず、横へ逃れた。
大剣が空を切る。
相手が振り向く。
すぐに三撃目が来た。
シリウスは後ろへ下がった。
一歩。
もう一歩。
相手が距離を詰める。
観客席から声が上がった。
シリウスは剣を構えたまま、相手の足元を見た。
大きく踏み込んだ右足。
その直後、相手の身体がわずかに傾く。
シリウスは一歩横へ移動した。
大剣が目の前を通り過ぎる。
そのまま懐へ入る。
柄で相手の手元を打った。
大剣が下がる。
シリウスは剣を返した。
相手が腕を引く。
その前に、シリウスの剣先が相手の胸元で止まった。
「勝負あり!」
歓声が広がる。
シリウスは剣を下ろした。
相手の騎士が息を整えながら、ゆっくりと剣を収める。
シリウスは一礼した。
そのまま踵を返し、試合場を出ていく。
観客席からは、まだ歓声が続いていた。
準決勝の組み合わせが告げられた。
「シリウス・ゼフィール殿下――対するは、王都騎士団第三隊隊長、ヴィクトル・アーレン!」
歓声が上がる。
ヴィクトルが試合場へ入った。
濃い色の騎士服に身を包み、腰の剣を抜く。
構えは低い。
足幅も広くない。
余計な力が入っていない。
向かいに立ったシリウスが、剣を構えた。
ヴィクトルと目が合う。
ヴィクトルとは修行の途中、何度か剣を交えていた。
彼の守りの型を、これまで一度も崩せたことはない。
シリウスは小さく息を吐く。
開始の合図と同時に、シリウスが踏み込んだ。
剣がぶつかる。
ヴィクトルは半歩だけ退き、刃を受け流した。
シリウスが続けて斬り込む。
ヴィクトルは一歩下がり、また受ける。
追ってはこない。
シリウスが横へ回る。
ヴィクトルも正面を外さない。
踏み込めば、その一歩を狙われる。
距離を取れば、追ってこない。
シリウスは一度、剣を引いた。
ヴィクトルは構えを崩さない。
次の瞬間、シリウスが角度を変えて踏み込んだ。
上段。
受けられる。
返す刃を外し、横から斬る。
それも受けられた。
剣が二度、三度と交わる。
シリウスは下がらず、攻撃を途切れさせない。
ヴィクトルの足が、わずかに動いた。
シリウスがそこへ踏み込む。
剣が交差した。
ヴィクトルが刃を押し返すより先に、シリウスは身体を滑り込ませた。
刃がヴィクトルの剣を外へ弾く。
シリウスの剣先が、胸元で止まった。
同時に、ヴィクトルの剣先もシリウスの肩口に届いている。
先にヴィクトルが剣を下ろした。
「……参りました」
審判が声を張る。
「勝負あり! 勝者、シリウス・ゼフィール殿下!」
歓声が上がった。
シリウスの額から、汗が流れる。
ヴィクトルは剣を収めながら、シリウスを見る。
「以前より、ずいぶん厄介になられました」
「……そうか?」
「ええ。守る側としても、頼もしい変化です」
ヴィクトルは小さく笑った。
シリウスは思わず目を瞬いた。
そして、わずかに口元を上げる。
シリウスは剣を鞘へ戻した。
袖で汗を拭う。
残る試合は、あと一つだった。
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