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【シリウス・ユリア編】星風の国物語~呼び笛の向こうへ~  作者: 月森みのり


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第二十二話 観劇


 グランセルから戻ったシリウスは、いくつかの包みを抱えて王城の廊下を歩いていた。

 廊下の窓から午後の光が差し込み、磨かれた床に細長い影を落としている。

 シリウスは足を止め、ステラの私室の扉を軽く叩いた。


「どうぞ」


 中から声が返る。

 扉を開けると、部屋の中にはステラとエリオットがいた。

 そして、窓際の机にユリアが座っている。

 机の上には一冊の本が開かれていた。


「シリウス様」


 ユリアが顔を上げる。


「なんだ、ユリアもいたのか」


 シリウスの目がわずかに見開かれる。


「おかえりなさい、兄様」


 ステラが立ち上がった。


「ああ、ただいま、ステラ」


 シリウスの口元が緩む。

 抱えていた包みを持ち上げた。


「土産を買ってきた」


「ありがとうございます」


 ステラが包みを受け取る。

 机の上へ置くと、シリウスは開かれていた本へ目を向けた。


「それは?」


「戯曲です」


 ステラが答える。


「今度、街の劇場で上演されるものです」


「へえ」


 シリウスが本の表紙を見る。

 表題には『建国の星冠伝説』と書かれていた。


 ステラとユリアが顔を見合わせた。

 そして、二人が同時にシリウスへ向き直る。


「シリウス様」


「兄様」


 二人の声が重なる。

 シリウスが二人を見る。


「「劇場へ行きましょう」」


「……うん?」


 シリウスは二人を交互に見た。

 ステラとユリアは並んだまま、シリウスを見上げている。




 四人は、王城を出て劇場へ向かった。

 馬車の窓から王都の街並みを眺めながら、ステラは時折、劇場について書かれた本へ目を落としていた。

 口数は少なかったが、窓の外に劇場が見えると青灰色の瞳がわずかに明るくなった。


 馬車が劇場の前で止まる。

 係の者が出迎え、四人は中へ入った。


 高い天井から、いくつもの話し声が重なって聞こえる。

 遠くでは、開演を知らせる鐘の試し打ちなのか、低い音がひとつ響いた。

 劇場の入口には、開演を待つ人々が集まっている。

 ユリアは周囲へ視線を巡らせた。


 正面。

 左右の通路。

 階段。

 後ろから入ってくる客。


 視線がひとつの場所に留まらず、あちこちを彷徨う。

 シリウスが小さく息を吐いた。


「ユリア。今日は劇を見るんだぞ」


「……分かってます」


 ユリアはそう答えたものの、また周囲で行き交う人々へ目を向けた。


 係の案内で、四人は階段を上がっていく。

 上へ行くほど、人の声が遠くなる。

 階段を上りきると、広い客席が見渡せた。


 通されたのは、上階に設けられた客席だった。

 他の客席より少し離れた場所にあり、舞台全体を見渡せる。

 壁際には仕切りがあり、出入りする人も少ない。

 ユリアが席の周囲を見回す。


「……」


 シリウスが椅子に腰を下ろした。


「落ち着いて見れそうで良かったな」


「……うるさいです」


 わずかに口を尖らせて、ユリアも席につく。

 シリウスが笑った。


 やがて、開演を告げる鐘が鳴った。

 低く長い音が劇場内へ広がる。

 それまで聞こえていた話し声が、少しずつ消えていく。


 客席の明かりが落ちる。

 舞台にだけ、柔らかな光が集まった。

 幕がゆっくりと上がる。

 



 舞台には、雪に覆われた荒野が広がっていた。

 吹雪の中を、一人の男が歩いている。

 何度も足を止めながら、それでも北の空を見上げて進んでいく。

 やがて、舞台の奥に一つの星が灯った。


「……あの星は、まだ消えていない」


 男は星を目印に、雪の中を歩き続ける。

 吹雪が止む。

 そこには、雪に覆われた広い大地が広がっていた。

 男はその景色を見渡す。


「ここに、国を築こう」


 場面が変わり、人々の前に、星を模した冠が掲げられる。


「あなたを、星を戴する者と呼びましょう」


 男が冠を戴く。

 舞台の上に夜空が広がり、その北に一つの星が輝いていた。




 ステラは舞台を見つめている。

 青灰色の瞳が、星の光を追った。

 口元が小さく緩む。

 場面が変わるたびに、その表情がわずかに動いていく。


 隣のユリアは、ほとんど表情を変えなかった。

 ただ、視線だけは舞台から逸れない。

 役者が舞台の端へ移れば、その動きを追う。

 台詞を交わす二人へ視線を移し、場面が変われば、また舞台全体を見る。


 シリウスは横目で二人を見る。

 舞台へ向けられたステラの瞳。

 その隣で、じっと舞台を見つめるユリア。


 シリウスは一度だけ口元を緩め、それから舞台へ視線を戻した。


 音楽が静かに消え、幕が下りた。

 一拍遅れて、客席から拍手が起こる。

 ステラも小さく手を叩いた。


 やがて照明が戻る。

 客席のあちこちで、人が立ち上がる音がした。


「面白かったですね」


 ステラが言った。


「はい」


 ユリアが答える。

 すぐには立ち上がらず、舞台を見たまま、両手を膝の上に置いていた。

 もう一度、幕へ目を向ける。

 それから、ようやく立ち上がった。


「最後のところ、よかったです」


「私も好きでした」


 ステラが頷く。

 ユリアも小さく頷いた。


「……はい」


 いつもの短い返事だったが、その声は少しだけ弾んでいた。

 二人は並んだまま、舞台を見ている。

 シリウスは二人を見た。


「……ところで、お前たちは、いつの間に仲良くなったんだ?」


 ステラとユリアは顔を見合わせる。

 それから、揃ってシリウスへ顔を向ける。


「お勉強仲間です」


 ステラが言った。


「です」


 ユリアも短く重ねる。

 シリウスが目を瞬いた。

 そして、目を細める。


「……そうか。よかったな」


 ステラが小さく笑った。

 ユリアも頷く。




 それから、四人は席を離れた。

 舞台の向こうでは、役者たちが片付けを始めているらしい。

 ユリアはその音に一度だけ振り返った。

 下りた幕をしばらく眺めてから、ステラの隣へ戻った。


 出入り口へ続く階段を降りながら、エリオットは前を歩くユリアとステラを一度見た。

 それから、わずかにシリウスへ顔を寄せ、声を潜める。


「急なお誘いでしたが、ご迷惑ではありませんでしたか」


 シリウスも前の二人へ視線を向ける。


「いや、いい気晴らしになったよ」


 劇場の前には、帰りを待つ馬車が並んでいた。

 ユリアとステラが先に馬車へ乗り込む。

 その姿を見ながら、シリウスは口元を上げる。


「楽(・)し(・)い(・)こ(・)と(・)が増えた」


 エリオットがわずかに目を細める。

 それ以上は何も言わず、馬車へ向かうシリウスの後に続く。


お読みいただき、ありがとうございます。

この話を少しでも気に入っていただけたら、

感想やレビュー、リアクションなどをぜひお願いします!


次回もお楽しみに!!


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