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【シリウス・ユリア編】星風の国物語~呼び笛の向こうへ~  作者: 月森みのり


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第二十一話 修行


 訓練場に風が吹き抜け、木剣を握る袖を揺らす。

 次の瞬間、木剣のぶつかる音が響いた。


 シリウスは肩で息をする。

 額から流れる汗が砂の上へ落ちた。


 向かいでは、三番隊の隊長、ヴィクトルが木剣を構えていた。

 シリウスが踏み込む。


 右。

 左。

 続けて斜めに打ち込む。


 ヴィクトルは一歩ずつ下がりながら、そのすべてを受け流した。

 剣先を狙っても、手元を狙っても崩れない。

 間合いを詰めれば、ヴィクトルの剣が先に入る。


 シリウスは一度下がった。

 息を整え、もう一度踏み込む。

 木剣が二度、三度とぶつかる。

 しかし、ヴィクトルの構えは揺らがなかった。


 シリウスは大きく息を吐き、剣を下げる。


「……参った」


 ヴィクトルも木剣を下ろした。


「ずいぶん引き際が良いですね」


 シリウスはわずかに眉を寄せる。


「……嫌味か?」


「いいえ」


 シリウスは木剣を眺める。


「今の俺がいくらやっても、お前を崩せない。また出直す」


 ヴィクトルは小さく笑った。


「そうですか」


「手合わせ感謝する」


「恐縮です」


 シリウスは流れる汗を袖で拭いながら、訓練場の端へ歩き出した。


 それから数ヶ月、シリウスは各地の騎士団駐屯地を訪ね、騎士たちと剣を交えた。

 朝の訓練に混ざり、昼には駐屯地の騎士と手合わせをする。

 相手が変われば、剣の癖も、間合いも違った。


 打ち込んでくる者。

 相手の動きを見てから剣を出す者。

 力で押し切ろうとする者。


 木剣を交えるたび、シリウスは相手の動きを見て、自分の剣を修正していった。

 そして、南方の防衛都市グランセルにも立ち寄った。


 グランセルの騎士団駐屯地の訓練場には、午後の陽が差していた。

 土の上にはいくつもの足跡が残り、壁際には使い込まれた木剣が並べられている。

 その中央で、シリウスは木剣を握っていた。


 向かいに立つのは、グランセル領を率いる将軍領主、エヴァルト侯爵だった。

 大柄な身体に騎士服をまとい、片手に木剣を下げている。

 白髪交じりの髪を後ろへ撫でつけ、太い眉の下からシリウスを見ていた。


「第二王子殿下と手合わせすることになるとはな」


「こちらから頼んだんだ。遠慮はしないでくれ」


 シリウスが構える。


「……あと、第二王子殿下なんて大仰な呼称は、好きじゃない」


 エヴァルトは片眉を上げた。


「そうか。なら、こちらも遠慮はせんよ、シリウス様」


 先に動いたのはエヴァルトだった。

 大柄な身体が踏み込む。

 振り下ろされた木剣を、シリウスは受け流した。

 だが、エヴァルトは止まらない。


 横薙ぎ。

 返しの一撃。


 シリウスは剣で受け、身体をずらしてかわし、後ろへ下がる。

 エヴァルトの剣が追ってくる。


 シリウスは踏み込み、木剣を振り下ろした。

 受けられる。

 もう一度踏み込む。


 その手首を、エヴァルトの木剣が打った。

 乾いた音が響く。


 シリウスは一歩下がり、右手を握り直した。

 荒くなった呼吸を整える。



 再び構える。

 木剣を握る指に、力が入った。


 ふと脳裏に、声が浮かぶ。


 『落ち着きがない』

 『レオニス殿下やセレナ殿下は優秀だというのに』

 『放浪王子ですな』


 シリウスの剣を握る肩に力が入り、足がわずかに遅れる。


 エヴァルトはその変化を見逃さなかった。

 踏み込みと同時に、木剣が斜めに振り下ろされる。


 シリウスは受けようとしたが、剣先が遅れた。

 木剣が肩を打つ。

 ごつん、と鈍い衝撃が骨へ響いた。


 シリウスが横へ退く。

 エヴァルトは追撃せず、木剣を下ろした。


「……苦しそうに剣を振るんだな」


 シリウスが顔を上げる。


「……え?」


 エヴァルトは木剣の先を土へ向けた。


「何か気掛かりなことがあるか?」


「……いや」


 シリウスは木剣を握ったまま答えた。

 エヴァルトはしばらくシリウスを見ていた。

 やがて、木剣を肩へ担ぐ。


「では、剣は嫌いか?」


「……いや。好きだが」


 シリウスは木剣を下ろさない。

 エヴァルトはその構えを眺め、太い指で顎を撫でた。


「なら、なぜそんなに堅い?」


「……」


「動きが教科書通りだ」


 エヴァルトが木剣の先で、シリウスの足元を指した。


「足の位置も、剣を出す角度も、綺麗すぎる。相手が決められた場所に立っているなら、それでいい」


 一歩、シリウスへ近づく。


「だが、実戦じゃ相手も動く。お前が剣を出すところへ、黙って立っていてはくれん」


 シリウスは自分の足元へ目を落とした。

 エヴァルトが木剣を軽く振った。


「今まで誰に師事を?」


「……ローランに」


 その名を聞いて、エヴァルトの眉がわずかに上がった。


「……団長殿か。確かに、基本には忠実なやつだ」


「ああ」


「だが、もう少し柔軟性もあったはずだ」


「……ああ。ローランは悪くない」


 シリウスは木剣を握り直した。

 エヴァルトがそれを見て、口元をわずかに緩める。


「誰も悪いとは言っとらん」


「……そうか」


「お前が真面目すぎるんだろう」


 シリウスは返事をしなかった。

 木剣の先が、土の上でわずかに揺れる。

 エヴァルトは訓練場の端へ視線を向けた。


 そこでは若い騎士たちが手合わせを続けている。


 木剣がぶつかる音。

 掛け声。

 土を蹴る足音。


 いくつもの音が重なっていた。


「力を抜かなければ、何事も上手くいくまいよ」


 シリウスが顔を上げる。


「……」


「剣も同じだ。握り潰す必要はない」


 エヴァルトは自分の木剣を片手で軽く振った。


「楽しいことでも考えて、振るといい」


「楽しいこと……」


 風がシリウスの首筋を撫でる。

 グランセルの街並みが、ふと脳裏に浮かんだ。


 祭りのざわめき。

 夜空に響いた花火の音。

 そして――ユリアの瞳に映っていた、色とりどりの光の花。


 シリウスはゆっくりと息を吐いた。

 肩が下がる。

 指の力が抜ける。

 木剣の重さが、手の中に戻ってきた。


 シリウスは構え直す。


「……もう一本、頼む」


 エヴァルトは目を細めた。

 そして、木剣を構える。


「……ああ。来い」


 シリウスも膝を軽く緩めた。

 エヴァルトが踏み込む。

 今度は、シリウスも動いた。


 振り下ろされた木剣を半歩ずれて受け、剣を滑らせる。

 エヴァルトの剣が外へ流れた。


 シリウスが踏み込む。

 木剣がぶつかる。

 エヴァルトが一歩下がった。

 続く一撃を受け、シリウスは手首を返す。


 また剣が滑った。

 だが、エヴァルトの返しは速い。

 シリウスは身を捻ってかわす。

 木剣が衣服を掠めた。


 それでもシリウスは足を止めなかった。


 受ける。

 滑らせる。

 踏み込む。


 最後はエヴァルトの木剣が肩を打った。


「……ここまででいいだろう」


 シリウスも木剣を下げた。

 肩が上下している。

 額の汗を手の甲で拭った。

 エヴァルトは木剣を肩へ担ぐ。


「悪くない」


 シリウスが顔を上げ、眉を寄せる。


「……一本も取れなかったが」


「そこはこれからだ。筋は悪くない」


 シリウスは木剣の先を地面へ向けた。


「……はは。ご鞭撻、感謝する」


「なに、気にするな」


 エヴァルトは肩に担いだ木剣を軽く叩いた。


「若造を鍛えるのも、仕事の内だ」


 豪快な笑い声が、訓練場に響いた。



お読みいただき、ありがとうございます。

この話を少しでも気に入っていただけたら、

感想やレビュー、リアクションなどをぜひお願いします!


次回もお楽しみに!!


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