↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【シリウス・ユリア編】星風の国物語~呼び笛の向こうへ~  作者: 月森みのり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
18/41

第十八話 初めての夜会


 夜会を数日後に控えた午後。

 騎士団本部の一室で、ローランは机の上に置かれた書類をめくっていた。

 向かいにはユリアが座っている。


「夜会当日は、シリウス様の護衛についてもらう」


「会場内ではシリウス様の近くに控えること。移動の際も、周囲に注意を払え」


 ローランが書類を閉じる。


「俺も全体の警護につく」


「分かりました」


 ユリアが小さく頷いた。

 ローランは椅子の背にもたれ、ユリアを見る。


「何か質問は?」


「……」


 ユリアは膝の上で指を組んだ。

 しばらくして、視線を落とす。


「……食事の中で、お酒は振る舞われますか」


「そりゃあ、出されるが……それがどうした?」


「……シリウス様も飲まれるのでしょうか」


「多少はな」


「……」


 ユリアの指先が、組んだ手の中でわずかに動いた。


「……酒の匂いが、あまり好きではありません……控えてほしい、とお願いするのは、問題ないでしょうか」


 ユリアは顔を上げたものの、すぐに視線を逸らした。


 ローランはわずかに目を細める。

 ユリアは今まで、騎士たちの宴会にはほとんど顔を出していなかった。


 小さく息を吐いて、ローランは続ける。


「……そのくらい問題ない。他に苦手な匂いはあるか?」


「……香水が……」


「女物だけか?男物も?」


「……両方です」


「なら、それも伝えた方がいい」


 ローランが机の端に置かれた夜会の案内状を指先で叩く。


「支度の時に、侍女がシリウス様にもかける」


「……分かりました」


 ユリアは頷いた。


「言いにくければ、俺から伝えてもいいが」


「……」


 ユリアはしばらく黙っていた。

 やがて、顔を上げる。


「……自分で、言ってみます」


「そうか。他に質問は?」


「ありません」


「なら、今日はここまでだ」


「はい」


 ユリアは一礼して、部屋を出ていった。

 扉が閉まる。

 ローランはしばらくその扉を見ていたが、やがて机の上の夜会の案内状へ視線を戻した。




 夜会当日。

 騎士団の一室で、ユリアは鏡の前に立っていた。

 普段の伝令部の制服とは違う、正装用の制服を着ていた。

 襟元には騎士団の紋章が入った小さな徽章があり、腰には細身の剣を帯びている。

 焦茶色の髪を手で整えながら、振り返る。


「……変じゃないですか?」


 背後で外套を整えていたローランが答える。


「変じゃない。ちゃんと騎士らしく見える」


「……私らしくは、ない?」


「今夜のお前の役目は、シリウス様の護衛だ。慣れない場所だからといって、無理に振る舞いを変える必要はない」


「……でも、人にいっぱい見られます」


「そうだな」


 ユリアの眉がわずかに下がる。

 ローランは小さく息を吐いた。


「気になるか?」


「……少し」


「なら、お前が見る相手を選べ」


「?」


「全員を見る必要はない。シリウス様を見ていろ」


「シリウス様を……?」


「誰と話しているか。誰が近づいているか。どこに人が集まっているか。それだけ見ていればいい」


 ローランが剣の位置を確かめる。


「周りがお前を見ていても、お前の仕事には関係ない」


「……」


「それに、お前は気配を消すのが得意だろう」


「はい」


「なら、それを使え。護衛なんだから、目立つ必要はない」


 ユリアは鏡を見る。


「……隠れていても、いいんですか?」


「必要ならな」


 少しだけ、ユリアの表情が緩んだ。


「それなら、できます」


 ローランは鏡ごしにユリアを見る。


「ただし、王室専属配達人になるつもりなら、いずれ城の人間に顔を知られることになるだろう」


「……」


 ローランが踵を返す。


「隠れることと、逃げることは違う。必要なときには、姿を見せろ」


「……はい」


 ユリアは小さく頷く。

 ローランが扉を開けた。


「行くぞ」


「はい」


 ユリアは一度だけ鏡を振り返り、ローランの後を追った。




 扉番の侍従が夜会会場への扉を開いた。

 先にシリウスが入る。

 その少し後ろを、ユリアが続いた。


 広間へ足を踏み入れた途端、いくつもの視線が集まる。


「シリウス殿下が来られるとは、珍しいな」


「こういう場は、お好きではないと聞いていたが」


「最近は騎士団の方にばかりいらっしゃるとか……」


 小さな笑い声が混じる。

 シリウスは一度だけ声の方へ目を向けた。

 しかし、何も言わずに視線を戻す。

 歩みも止めない。


 やがて、別の場所から声が聞こえた。


「……あれが最近、シリウス殿下と一緒にいる……」


「伝令部の娘だろう?」


「なぜ殿下の側に。伝令の者が護衛についているのか……?」


 ユリアの足が、一瞬だけ止まった。

 シリウスが目線だけで振り返る。

 ユリアの視線が周囲をさまよっていた。


「……大丈夫か?」


「はい」


 シリウスはユリアの顔を一度見て、それから周囲へ目を向けた。

 いくつもの視線がこちらを向いている。

 シリウスは小さく息を吐いて、一歩前へ出た。


「……行くぞ」


「……はい」


 ユリアは顔を上げ、シリウスの後を追った。




 広間の奥では、楽団が静かな曲を奏でていた。

 天井から吊るされた燭台に火が灯り、磨かれた床に光が揺れている。

 貴族たちはそれぞれの場所で言葉を交わし、給仕が銀の盆を手に行き交っていた。

 シリウスは何人かの貴族に声をかけられ、そのたびに足を止めた。


「シリウス殿下、お久しぶりです」


「ああ、久しいな」


「最近は騎士団でお忙しいそうですな」


「そうだな。訓練ばかりで参るよ」


 シリウスが相手と話す間、ユリアは少し離れた場所に立っていた。

 気配を潜め、視線を巡らせる。


 シリウスの正面に立つ人物。

 その背後に控える従者。

 左右を通り過ぎる人々。


 シリウスへ近づいてくる者がいれば、顔を見る。

 次に、その手元。


 杯を持っている者。

 何も持たずに近づいてくる者。

 そのまま通り過ぎるのか、シリウスへ向かっているのか。

 ユリアは一人ずつ目で追った。


 給仕がシリウスの近くを通る。

 銀の盆には葡萄酒の入った杯が並んでいる。

 ユリアはその動きを目で追い、給仕が通り過ぎるのを確認してから視線を戻した。


 数人の貴族がシリウスへ近づく。

 シリウスが振り返り、相手へ顔を向ける。

 ユリアは一歩後ろへ位置を変えた。

 人の流れとシリウスとの間に、わずかな距離を保つ。


 そのとき、別の方向から一人の女性が歩いてきた。

 手には酒の入った杯があるが、歩幅が一定していない。

 女性は進む途中で顔見知りに声を掛けながら、シリウスの方へ進んでいる。


 ユリアは周囲を一度確認して、女性の進路とシリウスとの距離を測る。

 それから、女性へ視線を戻す。

 女性がまた一歩、シリウスへ近づく。


 ユリアは壁際に控えていたローランへ視線を向ける。

 ローランは小さく頷いた。

 ユリアも軽く頷き返し、静かにその場を離れた。


 女性が、また一歩進む。

 足取りが定まらず、杯を持つ手が揺れる。

 中の酒が縁まで寄っては、また中央へ戻る。


 女性がさらに進む。

 その身体がわずかに傾いた。

 ユリアは手を差し出し、その体を支える。

 微かに甘い香水の香りが鼻に入った。


「……大丈夫ですか、マリアンヌ夫人」


「あら、ありがとう」


「いえ」


 ユリアは女性から離れず、結われた髪へ目を向けた。

 そして、わずかに声を潜める。


「……あの、お髪が乱れてしまっております」


「あら、そう?」


 ユリアはそのまま続けた。


「侍女を呼びますので、控え室で整えられますか?」


「そうね。お願いしようかしら」


「ご案内します」


 ユリアは女性の手を支えたまま、シリウスとは反対の方向へ歩き出した。

 数歩進んでから、視線だけ振り返る。


 シリウスはまだ貴族と話していた。

 ユリアは視線を戻し、女性とともに控え室へ向かった。

 控え室の前まで来ると、ユリアは扉を開けた。


「こちらでお待ちください。侍女を呼んで参ります」


「ええ。ありがとう」


 女性を椅子へ座らせる。

 ユリアは一礼すると、扉を閉めた。

 数歩進んだところで、足を止める。


 握っていた手を開く。

 指先が、わずかに震えていた。


 ユリアは手を握り直した。

 ゆっくり息を吸う。

 もう一度、手を開く。


 震えは、先ほどより小さくなっていた。

 ユリアはもう一度息を吐いてから、歩き出した。

 侍女を見つけ、控え室の場所を伝える。


 それから広間へ戻った。

 扉の脇に、ローランが壁に背を預けて立っていた。

 ユリアはその横へ静かに並び、広間へ目を向けたまま呟く。


「……あんな感じで、問題ないでしょうか」


 ローランは横目でユリアを見る。


「問題ない。むしろ、よく見ていた」


「……はい」


 ユリアは小さく頷いた。


 不意に、ローランの手がユリアの頭へ伸びかける。

 ユリアがわずかに身を引いた。

 ローランの手が止まる。


「……」


「……」


 ユリアは広間へ向いたまま、何も言わなかった。

 ローランは横目でユリアの顔を見てから、そっと頭へ手を置いた。

 軽く、二度叩く。


「上出来だ」


「……はい」


 ユリアはわずかに目を伏せた。

 音楽が続いている。

 笑い声とグラスの触れ合う音が、扉の向こうから聞こえていた。




お読みいただき、ありがとうございます。

この話を少しでも気に入っていただけたら、

感想やレビュー、リアクションなどをぜひお願いします!


次回もお楽しみに!!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。