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【シリウス・ユリア編】星風の国物語~呼び笛の向こうへ~  作者: 月森みのり


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第十七話 姉と弟


 翌朝。

 シリウスは王城の廊下を歩いていた。

 両手には土産物の袋をいくつも抱えている。


 セレナの部屋へ近づくにつれ、人の気配が増えていく。

 部屋の前には、ハンガーラックが並んでいた。

 色や形の異なるドレスが掛けられ、その脇には小箱や布張りのケースも置かれている。


 シリウスは足を止め、並んだドレスを眺めた。


「……多いな」


 そのまま開け放たれた扉を抜ける。


「今日は見本市でもやっているのか?」


「シリウス様……!」


 侍女たちが振り返り、一礼する。

 部屋の中にも、いくつものドレスが並んでいた。


 その奥では、一人の男がドレスの生地を確かめている。

 淡い金髪を後ろへ流した男だった。

 シリウスが目を向けると、男も手を止めた。


 男の側にいた侍女が紹介する。


「こちらはルシアン・ヴェルク伯爵です。外商として、セレナ様へドレスをお持ちくださっています」


「商人か」


 シリウスが男を見る。

 ルシアンは一歩下がり、静かに頭を下げた。


「お初にお目にかかります、シリウス殿下」


「……殿下っていう敬称はいらない。好きに呼んでくれ」


 ルシアンは一瞬だけ目を瞬き、すぐに笑みを浮かべる。


「では、シリウス様とお呼びします」


「ああ」


 シリウスも軽く頷いた。

 それから、抱えていた袋へ目を落とす。


「あと、ついでに、これに合うものも見繕ってくれ」


 シリウスは袋の一つから、小さな箱を取り出して侍女へ差し出す。


「姉様への土産だ」


 侍女が箱を受け取り、蓋を開ける。

 中には、淡い青色の小さな耳飾りが入っていた。

 ルシアンも横から目を向ける。


「素敵な耳飾りですね」


 ルシアンはそう言うと、近くに掛けられていたドレスへ視線を移した。

 そして、一着をラックから外す。

 淡い色合いの布地に、細かな刺繍が施されているドレスだった。


 そのとき、部屋の奥から侍女たちの声が聞こえた。

 やがて、着替えを終えたセレナが姿を見せる。


「あら、シリウスじゃない。来ていたの?」


 セレナは新しいドレスの裾を軽く整えながら、シリウスを見る。

 シリウスはセレナの姿を上から下まで一度眺めた。


「どうかしら?」


「似合ってる。この前見たやつより断然良い」


「そう。それなら良いわ」


 セレナは満足そうに裾へ目を落とした。

 ルシアンがドレスと耳飾りの入った小箱を持って、セレナの側へ歩み寄る。


「セレナ殿下、よろしければ、こちらもお試しください」


 セレナが小箱へ目を向ける。


「綺麗な耳飾りね」


 侍女が微笑む。


「シリウス様からのお土産でございます」


「……シリウスが、これを?」


 セレナが目を瞬いて、シリウスを見る。

 シリウスはわずかに肩をすくめた。


「姉様に合うと思って」


「ふふ、ありがとう」


 セレナは耳飾りを受け取った。

 そして侍女たちとともに、再び部屋の奥へ向かう。

 しばらくして、奥から声がした。


「それで、他にも何か用事があるんじゃなくて?」


 シリウスは眉を上げる。


「……お見通しか?」


「あなたがステラの所より先にこっちへ来るなんて、珍しいじゃない」


 シリウスは手に抱えた袋へ目を落とした。

 残っている土産物は、どれもステラのために選んだものだった。


「……なるほど」


 仕切りの向こうから、小さな笑い声が聞こえる。


「それで、どうしたの?」


 セレナが尋ねる。

 シリウスは部屋の奥へ顔を向けた。


「……ちょっと相談がある」


 セレナは侍女の手を借りながら、耳飾りをつける。


「ユリアという伝令さんのことかしら?」


「……これもお見通しか」


 シリウスは思わず苦笑する。


「ふふ。今朝、ヴィオラ卿から聞いたわ。何かやろうとしているのでしょう」


 セレナは鏡を覗き込み、耳飾りに触れる。


「……ユリアの知名度を上げたい。俺の護衛として、夜会やパーティーに連れて行こうと思う」


「……あなたが、自分から夜会に?」


 セレナは耳飾りに触れた手を止め、目を瞬く。

 シリウスが眉を寄せる。


「……何か?」


「いいえ、何でも」


 セレナは小さく笑った。


 しばらくして、セレナが侍女たちとともに部屋の奥から戻る。

 淡い色のドレスが、歩くたびに静かに揺れる。

 耳元では、耳飾りが淡い光を返していた。


「それで、相談って?」


 シリウスは少し離れた場所に立ったまま、口を開いた。


「……あいつは護衛にも、人の視線にも慣れてない。俺は、どうすればいい?」


 セレナはシリウスへ視線を向け、首を傾げる。


「どうって……ユリアは、どんな子なの?」


 シリウスは目を細め。窓の外へ視線を向けた。

 しばらく黙っていたが、やがて口を開く。


「気配を消すのが上手い。それから、身軽だ。狭いところでも動けるし、人が多い場所でも周りをよく見て動ける」


 庭の木の枝に、小鳥が止まった。


「馬の扱いも上手い。伝令の仕事も早いし、頼んだことを忘れない。……余計なことも言わない」


 小鳥は羽の間にくちばしを入れ、毛繕いをしていた。

 やがて、もう一度飛び立った。


「それから……自分の意思より場の空気を優先する癖がある。その分、場に馴染むのが上手い」


 ルシアンはシリウスを見て、わずかに目を細める。

 しかし何も言わずにドレスへ視線を戻した。


「あとは、妙に人の世話を焼きたがるし……人のこともよく見ている。自分が見られるのは苦手なくせにな」


 セレナは目を細めて、小さく息を吐く。


「……そのままでいいじゃない」


「え?」


「気配を消すのが得意なら、護衛として気配を消して側につかせればいいわ」


 シリウスが目を瞬く。


「……それでいいのか?」


「視線をコントロールできるってことでしょう。良いことよ」


 セレナは微笑む。

 そして、ルシアンへ視線を向ける。


「伯爵も、そう思うでしょう?」


「……ええ、そうですね」


 ルシアンも微笑み返して、頷く。


「人の集まる場所では、誰がどこに立つかで視線の流れが変わります。シリウス様が目立てば、ユリア殿も動きやすいでしょう」


 シリウスは黙ったまま二人を見る。


「ふふ、分からないって顔ね」


 セレナは口元に手を当てて笑った。


「ユリアに視線が集まって困るなら、あなたに視線を集めてしまえばいい、ということよ。あなたが周囲の視線を集めて、ユリアが隠れつつ周囲を見るの」


「……護衛としては良くても、それだけじゃ知名度は上がらないだろ……?」


「そんなの、あなたが語って聞かせればいいじゃない」


「……俺が?」


「ええ。さっき私に言ったみたいにね」


 シリウスが黙る。

 セレナは口元をわずかに緩めた。


「私はユリアの姿を知らないけれど、どんな子かは分かったわ」


 シリウスが顔を上げる。


「あなたが、よく見ている子なのね」


「……」


 シリウスは返事をせず、視線を落とした。

 しばらくして、ぽつりと呟く。


「……俺に、できるだろうか」


 セレナはシリウスを見る。


「あなたは騎士でしょう。なら、騎士として立てばいいの」


「……騎士として?」


「大事なのは、間合いよ。周囲をよく見て、相手に合わせて押したり引いたり……」


 セレナはわずかに目を細めて、シリウスを見る。


「そういうのは得意なんじゃない?」


「……」


 シリウスは少し考えた。

 やがて、小さく頷いて口元を上げる。


「……たしかに、それなら出来る」


 セレナも頷いて、笑う。


「必要なら私もフォローするわ。弟を助けるのは、姉の役目だもの」


 そう言うと、セレナはルシアンへ視線を向けた。


「それに、きっと伯爵も手伝ってくださるわ」


 ルシアンが微笑む。


「私に出来ることでしたら」


 その答えに、セレナも微笑んだ。

 そして、ドレスの裾を摘んで、首をわずかに傾ける。


「ところで、どうかしら?」


「よくお似合いです」


「ああ、姉様らしい感じになった」


「そう」


 セレナはドレスの袖へ目を落とす。


「ただ、少し重いわね」


「……失礼します」


 ルシアンが裾へ手を添え、生地を確かめる。


「下地の生地を変えれば、軽くなります。防寒性が下がりますから、秋冬はショールを合わせた方が良いかもしれませんね」


「そう。何か良いものはあるかしら?」


「少々お待ちください」


 ルシアンがラックへ向かう。

 その背を見送り、シリウスは小さく息を吐いた。

 セレナはその横顔を見て、口元を緩めた。


「……あなたも、こういう物を選ぶようになったのね」


 耳飾りが、淡い光を返す。


「……可笑しいか?」


「いいえ、嬉しいわ」


お読みいただき、ありがとうございます。

この話を少しでも気に入っていただけたら、

感想やレビュー、リアクションなどをぜひお願いします!


次回もお楽しみに!!


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