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【シリウス・ユリア編】星風の国物語~呼び笛の向こうへ~  作者: 月森みのり


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第十六話 兄と弟


 夜の王城。

 廊下に並ぶ燭台の火が、石壁に細長い影を落としている。

 窓の外はすでに暗く、遠くの中庭から風に揺れる木々の音がかすかに聞こえていた。


 シリウスは廊下を歩き、レオニスの自室の前で足を止めた。

 二度、扉を叩く。


「兄様、いるか?」


「入れ」


 返事を聞いて、シリウスは扉を開けた。

 室内には机と本棚が並んでいる。

 机の上には数枚の書類が広げられ、その脇には灯りの入ったランプが置かれていた。


 レオニスは椅子に座り、手元の書類へ目を落としていた。

 扉が閉まる音に顔を上げる。


「お前が手ぶらで来るなんて、珍しいじゃないか」


 シリウスは机の前まで歩くと、首を傾げた。


「……酒でも欲しかったか?」


「いや、別に。お前と飲むと徹夜になってしまうだろう」


「土産話が多くて悪かったな」


「構わないさ。お前と飲むのは楽しいから」


 レオニスは小さく肩を揺らして笑う。

 シリウスもふっと口元を緩めた。


「……相談がある」


 わずかに低められた声に、レオニスは目を瞬く。


「お前が相談?いつも『自分で何とかする』の一点張りの、お前が?」


「……うるさいな」


 面白がるようなレオニスの声に、シリウスは眉を寄せる。

 レオニスはまた肩を揺らして笑った。

 そして書類を脇へ寄せて背もたれに身を預け、シリウスへ向き直る。


「それで。どうした?」


 シリウスは少し視線を落とし、それから顔を上げる。


「……城に、新しい役職を作りたい」


「新しい役職?」


 レオニスの眉が、わずかに動いた。

 シリウスは頷いて、続ける。


「王室専属配達人……公文書から私信まで、俺たち――王族や、国に関わるものを運ぶ役だ」


 レオニスは黙ってシリウスを見る。

 少し考えたあと、口元を緩めた。


「たしかに、それは専門の人間がいた方が便利だな……よく考えたじゃないか」


 レオニスがそう言って、机の端を指先で軽く叩く。

 シリウスは一度だけ視線を逸らした。


「それで、誰をその役に就ける?」


「……騎士団の伝令部に、ユリア・レインという者がいる」


「ユリア……」


 レオニスが記憶を探るように目を細める。


「ああ。最近お前の側にいるという噂の少女か」


「いや、まあ……そうなんだが……」


 シリウスは歯切れ悪く呟き、眉を寄せる。

 その様子を眺めながら、レオニスは先を促す。


「それで?」


「……ユリアの教育については、ヴィオラ卿に頼んだ」


 そこでシリウスは一度言葉を切り、レオニスに視線を向ける。


「……あとは、どう動けばいい?」


 レオニスはしばらくシリウスを見た。

 やがて、椅子の背に体を預けたまま、口元を上げる。


「ははっ、私に丸投げするつもりか」


「……こういうのは苦手なんだよ」


「まぁ、いいだろう。珍しいお前の頼みだ」


 レオニスは顎に手を添え、しばらく黙った。

 やがて顔を上げる。


「……まずは、ユリアの知名度を上げるべきだろうな」


 レオニスはランプへ手を伸ばし、芯を少しだけ調整した。

 火が高くなり、机の上の書類が明るく照らされる。


「新しい役職を作るなら、ユリア自身の顔や存在を知られていた方が動きやすい」


「……知名度……」


 シリウスが腕を組む。


「夜会やパーティーに連れて行くといい」


「……そういう場所は苦手なんだが」


 シリウスは眉を寄せた。

 レオニスは口元を上げる。


「一度だけでも、パートナーとして連れ歩いてみろ」


 レオニスの様子を見て、シリウスはさらに顔を顰める。


「瞬く間に城中……いや、王都中に広まるぞ」


「嫌だ」


「だろうな」


 レオニスはくつくつと笑った。


「別に、パートナーじゃなくていいから、夜会とかには連れて行けよ」


「……」


 シリウスは黙ったまま、レオニスを見る。


「騎士団の人間なら、護衛でいいじゃないか」


「……あいつはたぶん、護衛向きじゃない」


「それでもだ」


 レオニスは机の上の書類へ目を落とし、指先で紙の端を揃える。


「貴族や評議会の連中とも上手くやりたいなら、まずは、あいつらと同じ土俵に上がれ」


「……」


 シリウスは腕を組んだまま、しばらく黙っていた。


 レオニスはじっとシリウスを見る。

 やがて、口元に浮かんでいた笑みを消し、口を開いた。


「それと、もう一つ……お前自身の信用も上げたほうがいい」


「俺の、信用……?」


「騎士としての実力を示せってことさ。騎士団連中だけじゃなく、貴族や評議会の連中にも分かりやすい形でな」


 レオニスは指先で書類の端をなぞった。


「そうすれば、ただの気まぐれでユリアを連れているわけじゃない、と人々には映る」


「……どうすれば、その実力とやらを示せる?」


「そうだな……」


 レオニスはしばらく考えるように天井を見上げた。


「ちょっと武闘大会で優勝してこい」


「ちょっとって……簡単に言ってくれるな」


「そうか?」


 レオニスが笑う。


「あの大会は貴族連中も観戦するからな。分かりやすいだろう」


「国中から猛者が集まるんだぞ」


「なら、国中を回って修行でもしたらいい」


「……」


 シリウスは黙ってレオニスを見返した。

 窓の外から、夜風が木々を揺らす音が聞こえた。

 やがて、シリウスは目を細める。


「他人事だと思っているな?」


「そんなことはないさ。ただ生憎、私は剣より弓の方が得意だからな」


 レオニスは肩をすくめた。


「大会に弓の部門がなくて残念だよ。弓の部門があれば、私も出場してお前を後押ししてやれたんだが」


 シリウスはふっと小さく笑う。


「……ローランに掛け合って弓の部門を作ってやろうか?」


「おっと、冗談さ」


「どーだか」


 シリウスが呆れたように息を吐く。

 レオニスは声を立てずに笑った。


「お前の信用が必要なことは、冗談じゃないぞ?」


「……分かってる」


 シリウスは目を伏せた。

 レオニスはしばらく、その横顔を見ていた。

 やがて、小さく息を吐く。


「ユリアの知名度と、お前の信用。それを上げられたなら、ほかの細かいことは、私がどうにかしてやろう」


「……本当に?」


 シリウスが顔を上げ、レオニスを見る。

 レオニスもわずかに目を細め、シリウスを見返した。

 ランプの火が揺れ、机の上に二人の影が重なった。


「……分かった。どうにかする」


 シリウスは首筋を搔き、ゆっくりと息を吐く。

 レオニスが片眉を上げる。


「大会の方はともかく……夜会やパーティーの方は、本当に大丈夫か?」


「……姉様を頼るさ」


「また人頼みか」


「いーだろ、べつに。優秀な兄と姉がいて幸せ者だよ、俺は」


 シリウスはそう言いながら、窓の外へ目を向けた。

 レオニスはその横顔をしばらく眺めていたが、ふと口を開く。


「……随分と、ユリアのことを気に入っているんだな」


 シリウスの視線がレオニスの方へ戻る。

 しばらく黙ったあと、わずかに口を尖らせて呟く。


「…………そーだよ」


 窓の隙間から夜風が入り、カーテンの裾がわずかに揺れた。


「あいつはもっと広い場所を走れるんだ。騎士団の伝令だけじゃ、勿体無い」


「……そんなに有能なやつなのか?」


 シリウスはすぐには答えず、再び窓の外へ目を向ける。

 暗い庭に、月明かりが薄く落ちていた。


「あいつがどこまで国のためになるかは、正直まだ分からない。だが、少なくとも……」


 シリウスは一度言葉を区切り、レオニスを見る。


「兄様と姉様の役には立てる」


 レオニスはわずかに目を細めた。


「……そうか」


 やがて、椅子の背に体を預け、口元に笑みを浮かべる。


「それはいいな」




この兄弟の会話、めっちゃ楽しい……!

お酒が入るとずっとこの調子でオールしちゃうんだろうな……(笑)


お読みいただき、ありがとうございます。

この話を少しでも気に入っていただけたら、

感想やレビュー、リアクションなどをぜひお願いします!


次回もお楽しみに!!


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