第十三話 配達人への道
王都の大通りを、シリウスとユリアが並んで歩いていた。
昼を少し過ぎた頃だった。
通りには買い物をする人々や荷車が行き交っている。
露店の軒先には色とりどりの商品が並び、店先からは呼び込みの声が聞こえていた。
ユリアが一軒の露店の前で足を止める。
「シリウス様、これ」
棚に並んだ小さな飾りを指差す。
「ああ」
「綺麗ですね」
「そうだな」
シリウスは商品へ目を向けたものの、それだけ答えて歩き出した。
ユリアも後を追う。
少し歩いてから、隣を見る。
シリウスは前を向いていた。
歩く速さもいつもと変わらない。
ただ、時折視線が遠くへ向いている。
ユリアが首を傾げる。
「……シリウス様」
「なんだ」
「さっきから何なんですか」
「何が?」
「返事が適当です」
シリウスがユリアを振り返る。
ユリアは眉を寄せ、じっと見上げていた。
シリウスが前を向く。
ユリアもその横顔を見ながら歩く。
「何か考えてますよね?」
「……まあな」
「何ですか?」
「あとで話す」
「……今じゃ駄目なんですか?」
「ああ」
ユリアは口を閉じた。
少しだけ頬を膨らませるようにして、前を向く。
シリウスは何も言わず、そのまま歩いていった。
大通りを外れると、人の数が少なくなった。
石造りの建物の間を抜け、川沿いの道へ出る。
夕方の陽が西の空へ傾き、川面を細長く照らしていた。
水の上で光が揺れている。
岸辺の草が風にそよぎ、遠くから荷車の音がかすかに聞こえていた。
シリウスが川沿いに置かれた木のベンチへ向かう。
「少し休むか」
「はい」
二人で腰を下ろす。
シリウスは背もたれに軽く身体を預け、川の向こうを眺めた。
ユリアは隣で膝の上に手を置き、流れていく水を見ている。
しばらくして、シリウスが口を開いた。
「伝令の仕事は慣れたか」
「はい、だいぶ」
「最初は文字もあんまり読めなかったのにな」
「今は読めます」
「そうだな」
シリウスが目を細めた。
ユリアも口元を緩める。
シリウスはまた川の向こうを見る。
夕陽が横顔を照らす。
ユリアは何も言わず、その横顔を見た。
シリウスが視線に気づく。
ゆっくりとこちらを向き、目が合う。
しばらくして、シリウスが小さく笑った。
「……さっきの『考え事』の話だが」
ユリアは静かに続きを待った。
「お前に、城の仕事を任せたいと思っている」
「城の……仕事?」
「ああ」
シリウスは一度、川へ目を戻した。
「役職は、そうだな……王室専属配達人だ」
聞き慣れない言葉に、ユリアは目を瞬く。
「……そんな仕事があるんですか?」
シリウスは少し黙った。
それから、ふっと口元を緩める。
「いや。今はない」
「……え?」
ユリアが目を瞬く。
シリウスは川面へ視線を戻した。
「これから作る」
「……つく、る……?」
ユリアは再び目を瞬いた。
風が川面を渡り、ごく小さな波が広がる。
「城内だけじゃなくて……国内の各地へ、書簡や荷を届ける。必要なら、国境を越えることもある」
「……はい」
「それから……」
シリウスは膝で組んだ手に目を落とした。
指先がわずかに動き、止まる。
しばらくして、シリウスが口を開く。
「普通の荷物だけじゃない。機密文書とか、王家が管理している重要な品を任せることもある」
ユリアは手を膝の上で重ねる。
指先を絡め、親指をゆっくりと擦り合わせる。
しばらく川面を見ていたが、やがてシリウスへ顔を向けた。
「……私が、そんな重要なものを運ぶんですか?」
「ああ」
シリウスが頷く。
そのままユリアの顔を見ていたが、やがてわずかに視線を外した。
「……覚えてもらうことも多い」
言葉を選ぶように、シリウスはゆっくりと続ける。
「城の仕組みとか、各地のこととか、書簡や荷の扱いも……必要なら、それ以外のことも」
ユリアは黙って聞いている。
シリウスはその顔を見て、少しだけ眉を下げた。
「危険な場所へ行くこともある」
「……はい」
「それに……」
シリウスの声がわずかに途切れる。
視線が川面へ向く。
夕陽が水の上で揺れていた。
「一度その役職に就けば、簡単には辞められない。国の機密を扱うことになるからな」
風が二人の間を通り抜ける。
川面に映っていた夕陽が細かく揺れた。
ユリアは何か言おうとして、口を閉じる。
シリウスは小さく笑った。
「……今すぐ返事をする必要はない」
ユリアが隣を見る。
シリウスは少しだけ目を細め、川の向こうを見ていた。
「お前の人生を、大きく動かしてしまうことだ」
ユリアの視線が、その横顔に留まる。
シリウスがこちらを見る。
「考えておいてくれ」
「……はい」
ユリアが小さく頷く。
それ以上、二人は何も言わなかった。
夕陽が山の向こうへ沈みはじめている。
川面に残った光が、ゆっくりと細くなっていく。
ユリアは膝の上で手を組んだまま、流れていく水を見つめていた。
隣で、シリウスも黙って川を眺めていた。
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