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【シリウス・ユリア編】星風の国物語~呼び笛の向こうへ~  作者: 月森みのり


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第十一話 初めての城

 騎士団本部の団長室。

机の上にはいくつかの書類が並び、ローランはその一枚に目を通している。

 向かいの椅子にはシリウスが座っていた。


「……以上が、先日の巡回についての報告です」


 ローランが書類をまとめる。

 シリウスは椅子の背に身体を預けたまま、黙って聞いていた。

 そのとき、扉が二度叩かれた。


「失礼します」


 ユリアが入ってくる。

 両手には書類の束が抱えられていた。


「伝令部からです。こちらをお願いします」


「ああ」


 ローランが受け取る。


「ありがとう」


「はい」


 ユリアは一礼する。

 そのまま部屋を出ようとしたところで、ローランが書類に目を落とす。


「……ユリア」


「はい?」


「これ、もう一枚あったはずだが」


「あちらです」


 ユリアが机の端に置かれていた別の書類を指す。

 ローランが手を伸ばす。


「ああ、これか」


「はい」


 ユリアは頷くと、再び扉へ向かう。

 シリウスがその背中を目で追った。


 扉が閉まると、室内に静寂が落ちる。

 ローランが書類を揃えている横で、シリウスはしばらく黙っていた。


「…………」


 ローランが顔を上げる。


「どうかされましたか」


 シリウスは閉じた扉を見ている。


「……ユリアは城の仕事も出来ると思うか?」


「……」


 ローランが一度、閉じた扉へ視線を向ける。


「器用なやつですからね」


 手元の書類を机へ置く。


「教えれば出来るでしょう」


「そうだよな」


 シリウスが椅子の背から身体を起こし、机の上の書類に目を落とす。


「……ほんと、羨ましい限りだ」


 ローランが眉を上げた。


「何がです?」


「……別に」


 シリウスはそれ以上言わなかった。

 ローランはシリウスの横顔を一度だけ見る。

 そしてそれ以上は尋ねず、手元の書類へ視線を戻す。


 しばらくして、書類を机の端へ寄せた。


「……城へ上げるおつもりですか」


 シリウスが顔を上げる。


「うーん……」


 椅子の背に身体を預け、天井を見上げる。

 ローランはしばらくシリウスを見ていたが、やがて口を開いた。


「……まずは、シリウス様が帰城される際に連れて行かれてはどうですか?」


「俺が?」


「ええ」


 ローランが頷く。


「城の様子を見せてみればよいかと」


 シリウスは黙ってローランを見る。


「本人がどう思うかも分かりませんし」


 シリウスは椅子に座ったまま、少し考える。

 窓から入った風が、頬を撫でる。


「……それもそうだな」


 窓の外では、騎士たちが中庭を行き交っていた。

 訓練を終えた者たちが木剣を片付け、別の騎士が水桶を運んでいる。

 風が木々の葉を揺らす。

 枝の隙間から差し込んだ陽が、砂の上に細かな影を落としていた。




 夜の王城は、昼間とは違う静けさに包まれていた。

 高い天井から吊るされた燭台に、いくつもの火が灯っている。

 磨かれた石床には淡い光が伸び、行き交う人々の影がその上を横切っていた。


 シリウスは大きな包みをいくつも抱えて、城内を歩いていた。

 その後ろにはローラン、さらに少し離れて、ユリアが続いている。

 歩きながら、ユリアは何度も自分の袖口や襟元へ視線を落としていた。


「ステラは……もう寝てるか」


 廊下の角を曲がりながら、シリウスが呟いた。


「ユリアを紹介してやりたかったんだが……まぁ、仕方ない」


 シリウスは腕に抱えた包みを見下ろす。

 中には南方から持ち帰った菓子や果物、細かな工芸品が詰め込まれていた。


 シリウスはそのまま歩き続ける。

 すれ違う侍従に菓子を渡し、文官には珍しい筆記具を渡す。

 顔見知りの騎士には酒を押しつけ、別の者には小さな木彫りの置物を手渡した。


「これ、南の土産だ」


「ありがとうございます、シリウス様」


「家族にでもやってくれ」


 そんなやり取りを繰り返す。

 その少し後ろで、ユリアはローランの隣に立っていた。

 廊下を行き交う人々が、こちらを見る。


 一人。

 また一人。

 視線が止まり、すぐに逸れる。

 けれど、完全には逸れない。


 向こうから歩いてきた貴族の男が、ユリアを見ながら隣の男へ顔を寄せた。


「……だれだ、あの騎士は」


「伝令部のやつじゃないか?」


「ああ、最近シリウス様が連れ歩いてるっていう……」


 声は小さい。

 それでも、ユリアの耳には届いた。


 足がわずかに止まる。

 ローランが横目で見る。

 ユリアはすぐに歩き出した。

 視線を落とし、シリウスの足元を見ながらついていく。


 人々が通り過ぎるたびに、視線が向けられる。

 ユリアの指が、制服の裾をつまんだ。

 前を歩いていたシリウスが肩越しに振り返った。


「ユリア」


「はい」


「大丈夫か?」


「だいじょうぶです」


 ユリアの返事は早かった。

 シリウスが足を止め、眉を寄せる。


「……それは、ダメなやつだな?」


「……」


 ユリアが黙る。

 シリウスも黙った。

 包みを片腕に抱え直し、ユリアと周囲を交互に見る。


「どうするかな……」


 ローランは二人の様子を黙って見ていた。


 ユリアの視線の動き。

 人が通るたびにわずかに強張る肩。

 それでも何事もないように立っている姿。


 しばらくして、ローランが小さく息を吐いた。


「シリウス様。たしか土産物の中に、大鳥の笛がありましたね」


「ああ……これか?」


 シリウスが包みの中を探り、細身の木笛を取り出した。

 表面には羽根のような細い線が刻まれ、先端には小さな翼がついている。


「ステラにやろうと思ってたんだが」


「それ、譲ってくださいませんか」


「別に構わんが……どうするつもりだ?」


 ローランは木笛を受け取り、ユリアに向き直る。


「ユリア」


「はい」


「お前の好きに歩き回れ。ただし、シリウス様を見失うな」


「……」


 ローランは木笛をユリアの首に掛けた。

 ユリアの胸元で、木笛が小さく揺れる。


「もし、一人で対処できないような状況になれば、これを鳴らせ」


 ユリアが笛へ目を落とす。


「出来るな?」


「……はい」


 ユリアは小さく頷いた。


「行け」


 ユリアは一礼して、廊下の端へ歩いていった。

 人の流れの中へ入る。


 ローランはその背中を見送った。


「……一人にして、大丈夫なのか?」


 シリウスが尋ねる。


「心配ですか?」


「まあな」


 少し離れたところで、ユリアが立ち止まる。

 向こうから来た侍従と目が合う。

 ユリアは一歩だけ横へ避け、道を譲った。


 侍従が通り過ぎる。

 ユリアはそのまま歩き出した。


「問題ありませんよ」


 ローランはわずかに口元を緩めた。


「あいつの才は、速いことだけじゃありませんから」





お読みいただき、ありがとうございます。

この話を少しでも気に入っていただけたら、

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次回もお楽しみに!!


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