飛び石道の再会
向こうの中庭からこちらへと、勢いよく駆けてくるものがあった。
玄関から門へと続く飛び石道の途中で振り返ったすずりの目に、そして腕の中に飛び込んできたのは──。
「て、テン!?」
突如襲った衝撃に、すずりは数歩後ずさるが、背中に添えられた冬斗の手のひらに押し留められる。礼を言って改めて覗き込めば、つい筆にしたくなる立派な尻尾をはじめ、間違いなく大江の家でともに暮らしていた日本貂のテンだった。ずしりと重く、そしてあたたかい。
「本当にテン、なのね。どうしてこんなところに」
「青墨君からお預かりした」
冬斗の言葉に、すずりは目を見開く。
「青墨に?大江の家へいらっしゃったんですか?」
「先にも言ったとおり、翁とは面識があります。というか、わたしにとっては恩人のひとりです。孫娘である君に“著しの儀”を依頼するのに、無許可というわけにはいかないから」
何の含みもなく淡々と言うのを聞いて、日本人離れした外見にもかかわらず、真面目で義理堅い人なのだとすずりは思う。
「……そこで青墨にも、会われたのですね」
「ああ。くれぐれも君に洋書を読ませてやってくれと頼まれ、そして、この生き物を預かった。たまに尻尾を撫でなければ、君はとてもじゃないが他の令嬢たちとの集団生活はやっていけないだろうと」
「青墨……」
“著しの儀”をはじめ、すずりが書物の外の現実の世界で生きていく上での手助けを、無言で、しかしながら絶妙な間合いでたびたびしてくれた青年のやさしさがじんと染み、麹町の方角に向かって手を合わせる。
だが、すずりは天の采配としか言えないほどすばらしい、さち子という相棒に早々に出会うことができた。機敏な動きを求められる体操、期日までにワンピースを縫い上げなければ西洋式ディナーがお預けになる裁縫の授業など、なかなかに世知辛い世の中だけれど、新たな相棒のおかげで、なんとか今日までは生き延びていると、手紙にしたためなくてはと思った。
青墨の示唆に従って、テンの立派な尻尾を下から上へと撫であげれば、やはり立派な筆になりそうだとほうっとため息が漏れる。撫でられたテンはぞぞぞとその尻尾を震わせて、すずりの腕の中から地上へと飛び降りた。
そして後からやってきた、衛藤の足元へと擦り寄る。その仕草から見るに、テンはこの無表情ですずりには少々厳しめな秘書に、すっかり懐いているらしかった。青墨には覚えなかったもやつきを覚えるすずり。だが、毛並みを見ても、いつから理事長邸にいるのかは知らないが、良い扱いを受けていることはうかがえた。
「精密機器を扱う会社で、豊かな毛並みを持つ生き物を預かる。絶賛、衛藤が奮闘中です」
「……お手数おかけしております」
すずりはその無表情な秘書に頭を下げるが、そこではた、となる。
報酬にもらった辞書は、読む洋書がなければ宝の持ち腐れだ。あまくてこってりとした洋菓子の数々は、酷使した頭を元へ戻すのに即効性がある。そしてテンの尻尾を撫でさせてもらうには、自ら足を運ばねばならない。
すずりが理事長邸へと足を向けざるを得ないよう、取り計らわれている。それが意味するものは──。
「翁からも許可をいただいている。これから二年間の女学校運営を、より目的に沿ったものとして行えるよう、君にはこの花夢女学校の記録係になってもらいたい」
静かに語られた言葉に思わず冬斗を見上げれば、角度によって何色にも見える不思議な青灰色の瞳に、ひと欠片の冗談もうかがえなかった。




