踊るあじの開き
「ごちそうさまでした」
五杯目のごはん茶碗を空にすると、すずりはようやく箸を置き、手を合わせた。
「お茶をどうぞ」
「ありがとうございます。たいへんおいしくいただきましたわ」
使い終えた食器を下げ、あたたかいほうじ茶を出してくれる衛藤にすずりは頭を下げる。お世辞ではなく、いただいた朝食はたいへん結構なお味だった。
あじの開き、だし巻きたまご、お豆腐とわかめのお味噌汁、絹さやのおひたし、じゃがいもとおかかの和え物、ひじきの炒め物、といった具合の完璧な和食だったのが、意外だったけれども。
対面に腰掛けている日本人離れした容貌の冬斗が、西洋の食器が飾られた食堂で、器用な箸使いで小鉢から口へと運び、何の疑問もなさそうにお味噌汁の椀を傾けるのにも、違和感を覚えなくもなかったが。
いざ、ほかほかと湯気の立つごはんとお味噌汁を目の前にすれば、すずりはそれどころではなかった。あっという間に二杯目のごはんを平らげたところで、衛藤がさわらの西京漬けを焼いてくれ、三杯目のごはんを求めると、バターの香るオムレットが出され、塩鮭まで出してくれる始末だった。
ほうじ茶をすすりつつ、そこまでしてようやく切ない泣き声を引っ込めた腹の虫に、もういいわよね?と念押しするように帯の上から腹を撫でていると。先に食事を終え、新聞を広げていた冬斗がこほんと咳払いをしたのでそちらへ視線を向けた。
「体調はどうだろう。本日は欠席を届け出ることも可能だが」
気遣うように問いかけられ、すずりはあわてて姿勢を正す。あたたかく、滋養に満ちた朝食をたっぷりいただいて、すっかり満ち足りた気持ちになって油断していたが、目の前の御方は自分が通う女学校の理事長なのだった。
今日は月曜日、絶賛開校中である。この御方に不真面目だと思われては、あちらも譲れないほどたいへん結構な三食の食事付きの寄宿舎から追い出されてしまうかもしれない。
すずりは食堂の壁にかかった振り子時計を眺めながら、注意深く口を開いた。
「着替えを済ませた後、食堂で昼食をいただき、午後の授業から参加できればと考えています」
「……昼食。なる、ほど」
あまり感情を表に出さない性質であろう冬斗が、やや面食らった表情を浮かべている。先ほど述べた工程では、ゆとりがありすぎただろうか。間に合うのであれば午前の授業に滑り込む、それくらいの気概を見せておくべきかもしれない。
「たいへん恐縮ですが、車を呼んでいただけるようでしたら、午前の授業に間に合わせられるかもしれませんわ。校長先生に車で連れてきていただいたので、道がわかりませんの」
すずりがやや食い気味に言うと、冬斗はいつもの表情に戻して軽く手を振った。
「その心配は無用です。この建物と女学校は歩いてすぐの距離なのだから」
「……歩いて、すぐ?」
今度はすずりがきょとんとする番だった。冬斗は足を組み直し、軽くうなずいて言った。
「女学校の校庭を突っ切り、裏門から出れば、道を挟んですぐのところにこの家があります。次の洋書を読みたくなったらいつでも、君はここを訪れたら良い」
いつの間にか開け放たれていた、冬斗の向こう側にある窓の前の、カーテンがふわりと揺れる。
そこから差し込む、さらに明るさの増した朝の光が逆光になって、すずりの視界の中で冬斗は輝きを増す。
洋画に描かれている神様の類が、目の前に降臨されたのかもしれないと、すずりは思わず胸の前で手を組んだ。




