コロッケーのお迎え
「これは惠麻さま、お加減はよろしいのですか」
縁側でほうじ茶をすすりながら庭を眺めていた文鎮は、女中に案内されてやってきた惠麻の登場に、居住まいを正した。
まるで雪のような、とは、肌の美しさを褒め称える表現のひとつだが、この惠麻の肌の白さは身体に通っている血の管が透けて見えてしまうほどだ。そして、ここ数日臥せっていたと聞いていたからか、その白さは、落ちかけた夕日が放つ強烈な赤い光の中で、さらに際立って見えた。
「すっかり良くなりました。ご心配をおかけして申し訳ありません」
惠麻は縁側に腰を下ろし、膝の前で華奢な指を揃えて頭を下げる。文鎮はあわてて頭を下げ返した。
「お茶をお持ちします」
「いいえ、結構ですよ。すぐにお暇しますから、おかまいなく」
惠麻が決して相手を不愉快にさせない態度で茶を断ると、女中は向けられた瞳を食い入るように見つめた後、ハッとしたように首を振って立ち上がった。
惠麻が大江の家を訪れたのは、これがはじめてではない。だが、訪れるたび、その日本人離れした外見、とくに角度や光によって違った色に見える青色の瞳は、よく躾けられた大江の家の使用人たちをも釘付けにしてしまうのだった。
(また少し、お痩せになった)
文鎮は胸の痛みを覚えながら、まぶしい夕日の中で微笑む惠麻を眺める。
ここ数年の間に宮中で起きた騒動を、惠麻は権典侍としての役割を全うしながら、なんとかやり過ごした。宮中を出て文鎮が手配した邸宅に移り住み、穏やかな生活を送ることができるようになってからは、蓄積した疲れが出たのだろうか、惠麻は季節の変わり目に床に伏せることが多くなっていた。
それでもやはり、希望はあるのだろう。やつれてもなお、娘盛りの頃よりもさらに輝いて見えるのは、慈しみ、守り育てるものを持ったからではないだろうかと文鎮は思うのだった。
「そろそろ夕餉の時分でしょうか。しかしわざわざお迎えにこられなくとも、冬斗さまのことはきちんとお送りしましたものを」
「今日は昼頃には床を出られるようになったものですから、夕餉の支度を自分でしましたの。コロッケーに衣をつけて、後は揚げるだけにしてあるものですから、気が急いて迎えにきてしまったのですわ。それに、歩いたほうが身体にも良うございましょ?」
「それはそうですな。しかし、惠麻さま自ら台所に立たれるとは」
文鎮が目を細めて言えば、惠麻があきれたような苦笑を浮かべる。
「わたくしは元は開業医者の娘です。休みなく働く父の診療所で、下働きのような仕事もしておりましたのよ。父は夢中になると食事を抜いてしまうものですから、毎日のようにサンドウィッチを作ったものです。そんな娘だと知りながら、女官に推挙してくださったのは、他ならぬあなた。ご存じのくせに」
「そうでしたなぁ」
表情豊かに語る惠麻の様子に、逆に文鎮は自分がしてしまったことへの罪悪感に苛まれる。明るく聡明な娘であった惠麻を、魑魅魍魎渦巻く宮中へ推薦したことが、そもそもの始まりなのだ。
いつまでも時代が止まったままの宮中に、西洋の血を引く女官がいればそれだけで良い刺激になるだろう。門前払いにされるだろうと予想していた、当時にしては斬新な思いつきが採用された文鎮は、これからの世は新しく変わるかもしれないと、少しだけ浮かれていた。
だが、惠麻の持つ魅力は文鎮の予想を超えた未来を引き寄せてしまった。帝の寵愛を受け、第一子となる冬斗を産み、権典侍の地位を与えられたのである。いよいよ次は、西洋の血を引く太子の誕生か──と、急進派が腰を上げかけたが、さすがに待ったがかかった。政争に巻き込まれ、敗れた形で下野した惠麻は、質素な着物を着て、大江の家の縁側で膝をついている。
どこかで歯止めをかけることもできたであろうに。惠麻の下野が決まると、豊かだった文鎮の髪は真っ白になり、上半分が抜け落ちた。きれいに剃り上げ、坊主にした頭を撫でながら、もはや何度目になるかわからない謝罪の言葉を口にしようとした時だった。
「お母さま!」
無邪気な声を上げて、廊下の向こうから、白シャツに半ズボンをサスペンダーで吊り上げた冬斗がこちらへ向かって駆けてきた。




