日曜日の校長室
そして迎えた日曜日。すずりとさち子は朝食を終えた後、袴をつけて校長室へと向かった。
休日にもかかわらず、部屋に引きこもって書物を読ませてもらえない日曜日が続いている。すずりは例によって例のごとく、前の晩に夜更かしをしていて、重いまぶたと戦っていた。
週に一度の日曜日、女学生たちは朝から自分たちの部屋の掃除をする。普段は女中任せで、ほうきや雑巾など手にしたこともない令嬢も多かったから、寄宿舎内はドタバタと賑やかだった。
校長室への呼び出しの理由は知らされていない。いつ終わるともしれないから、お掃除は先に済ませてしまいましょうと、朝から元気なさち子に励まされ、すずりは眠気で意識が朦朧としたまま、濡れ雑巾で床拭きをし終えたのだった。
休日の校舎に入るのはこれがはじめてである。平日、色とりどりのリボンと女学生たちのさえずりが響く校舎は、品の良い活気に満ち溢れている。入学してから数週間でそれに慣れきったすずりにとって、誰もいないがらんとした校舎の静けさは、別のところへ来たかのようであった。
寄宿舎を出て、食堂と講堂の前を通り過ぎ、ぐるりと花壇を回って校舎の玄関をくぐる。教室のある二階へ上がるのではなく、入ってすぐの右手の廊下を進んだ。まずは職員室にたどりつき、中をのぞいてみれば、たったひとり高柳教頭が目を通していた書類から顔を上げた。
「おはようございます」
あわてて姿勢を正し、挨拶をするすずりとさち子。すると高柳教頭は立ち上がってこちらへやってきて、格子の入ったガラスの引き戸を開けた。
「おはようございます。校長先生は隣の校長室でお待ちです。直接おうかがいして問題ないとのことでした」
三角形の眼鏡をクイッと持ち上げて言われ、すずりとさち子はうなずく。高柳教頭を前にした緊張で、すずりの重かったまぶたがようやく見開かれた。
高柳教頭に挨拶をし、すずりとさち子は職員室のさらに向こうへと廊下を進んでいく。金のドアノブのついたドア前でぴたりと止まれば、「校長室」との名札がかけられていた。
さち子に着物の襟を整えられた後、ひと呼吸おいてコツコツとドアをノックする。ぴしりと姿勢を正して返事を待てば──。
「どうぞお入りなさい」
入学式の時に聞いた、よく通る、懐の広そうな声が返ってきた。すずりとさち子は顔を見合わせて覚悟を決めた後、ドアノブを回した。
校長室は、完全な洋室であった。絨毯が敷かれ、ソファが置かれている。窓際の奥に重厚なデスクがあり、万年筆が鈍く光る。カーテン越しに明るい光がふんだんに差し込み、思わずすずりは眼鏡の奥の目を細めた。
「おはようございます。日曜日にお呼び出しして、ご足労おかけしましたわね」
そう言う楠校長は、デスクの向こうの椅子には腰掛けておらず、その横の帽子かけから取り上げた帽子を髪の上にのせていた。入学式に着ていたのと同じ、黒地で裾が床へたっぷりと広がる洋装を身につけている。
「さあ、参りましょう」
さっさとドアに向かって歩き出した校長に言われ、すずりとさち子は首を傾げる。
「あの、校長先生」
「行くって、どちらへですか?」
すずりとさち子は目的地に到着したばかりである。戸惑い、遠慮がちにそう声をかければ、楠校長は振り返り、鼻の上の丸眼鏡の上からふたりを覗き込むようにして微笑んだ。
「理事長室へ向かいます。おふたりにお会いになりたいのは、理事長なのですよ」
すずりはぱちくりと瞬きをし、さち子は手のひらで開いた自分の口を覆った。




