冷めたメインディッシュ
麗子の思わぬ蒸し返し、しかも真相のすれすれをかするのではというあたりの手が打たれ、すずりが咄嗟の対応ができずにいると。
「すずりさん、そんなに力を込めなくてもお肉はきちんと切れると先ほど教わったばかりですわよ」
そう言うさち子のやわらかい手が、すずりの手首を包む。その手をまじまじと眺めたことがなかったが、いつも鉛筆を握っているさち子の右手中指の第一関節あたりには、ぷくりと膨れ上がったペンだこができていた。
だが、今はそこではない。との意志を示すように、無反応なすずりの手首を握るさち子の両手にぐっと力が込められた。そこでようやく、意図に気づく。
「そう、でしたわね。慣れないことなので緊張してつい力が入ってしまいますの」
「気持ちはわかりますけれども。ええと、それで、なんでしたっけ。そうそう、あのお歌を詠まれたのは偲さんだというお話でしたわね」
さち子の言葉に麗子をうかがえば、勢いを削がれて肩透かしを食らったような表情を浮かべていたが、ふたたび花がほころぶように微笑んでうなずいた。
これですずりにも迎え打つ準備ができた。さすがはさち子である。
「そうなんですの。実はわたくし、お歌を詠んだり、自分の考えていることを文章にしたためたりするのが苦手なのですわ」
「まあ、意外だこと。でしたら、もしかして、入学生代表挨拶の原稿も?」
「ええ。偲がしたためてくれました」
「お嬢様」
偲がめずらしく咎めるような表情を浮かべるが、麗子は満開の牡丹のような微笑みで受け流す。どうやら、加賀の令嬢たちの間で意見に相違が生まれているようだ。だが、意見が割れたうえでどちらをとるかということになれば、やはり麗子だろう。各々の役割分担を、これまでどおり続けるのであれば、だが。
「本当のことじゃない、偲。ねえ、大江さん、梨小路さん。わたくしがそんなに何から何までできるように見えて?」
すずりとさち子は、顔を見合わせる。そしてすずりは、これまで通り、応対をさち子に任せることにした。
「お歌が苦手なお姫様に代わって代筆する女房というのは、平安の昔からお仕えしていたものでしょう。何もおかしなことではありませんわ」
「偲は女房などではありません」
ぴしりと放たれた矢に、すずりはふたたび麗子へと顔を戻す。すると、一瞬険しさをはらんだ麗子だったが、我に返ったように眉間の皺をゆるめ、うっとりとした視線を偲のほうへ向けた。
「薙刀の演武をご覧になったでしょう。偲は文武両道、なんでもできますのよ。その点、わたくしは外見だけのぱっぱらぱーですわ」
「ぱ、ぱっぱらぱー?」
唐突な言葉に、すずりの肩から採寸のあわないワンピースがずり落ちる。さすがに素知らぬふりで食事を続けなくても良かろう。
「お嬢様」
偲からの二度目のたしなめを、巻き毛を揺らしてかわし、麗子は肘をテーブルにつく。それはおそらくマナー違反だろうとすずりでさえも思うが、決してはしたなくはない。麗子は気にせず、交差させた指の上にその華奢な顎を置いて、すずりとさち子に試すような視線を向けてきた。
「わたくしたちはふたりでひとつ。この先もずうっと、そうして生きていきますの。そのためには、こんなに都合の良いところはないと考えて、この花夢女学校に参りましたのよ」
あなたたちはきっと、そのことに気づいているくせに。
だが、たとえそうであったとしても、自分たちは今のままを貫き通すのだ。
なぜならふたりは、この先どのような未来が訪れても、決して離れず、常にともにあるのだから。
すずりは、麗子のきらめく大きな瞳にそこ知れぬ意志の強さを感じた。
すっかり冷めてしまったビフテキは、こちらもマナーに反して、ごりごりと力を込めてナイフを動かす必要がありそうだった。




