わんぱくなカトラリー
「勝手に拝見して申し訳ございません。でも、入学式にぴったりのお歌だと思いましたわ。だからもしかして、代表挨拶をなさった麗子さんのものかと考え、お皿に挟んでお返ししましたの。わたしたちの勘は正しかったようですわね」
さち子の言葉にすずりは黙ったまま、こくこくと二回うなずいた。
入学式を終え、女学生たちが向かった食堂の掲示板に、クラス分けの貼り紙があった。掲示板の前にできた人だかりを見て、先にすずりたちはライスカレーの昼食を済ませ、改めて戻ってみれば、ふたりが割り当てられたハ組の紙と板の隙間に、件の和歌の料紙が挟み込まれていたのだ。
住み慣れた実家の畳の客間でもなく、かつ幼い頃からともにある青墨の手助けもない、女学校の寄宿舎の板張りの床の上でも著しの儀が行えるだろうか。すずりは、同室のさち子に手助けを頼んでその和歌で実験させてもらったところ、麗子と偲の入れ替わりにたどり着いたのだった。つまり、“著しの儀”は環境を変えても成立したのである。
今回すずりははじめて、依頼を受けたからではなく、自分の才が使えるかを確かめるために“著しの儀”を用いた。たどりついた結論が誤りでなければ(そして残念ながら、“著しの儀”を始めてこのかた、外れたことはない)、麗子と偲は人に言えない秘密を抱えている。
いやむしろ、ふたりで完璧な演技をして堂々と人の目を欺いている。だが、すずりはそれを裁く立場にはないし、そのつもりもない。目的が気になりはするが、“著しの儀”を用いて小遣い稼ぎをするようになって以来、詮索はしないことにしていた。
その才があるからこそ、すずりにとって人がしたためた和歌や日記というのは、他の人が思う以上に意味を持つものになった。だから、用が済み次第可及的速やかに、元の場所に返さなくてはならないと気が急く。よって、加賀令嬢たちがしたためた和歌の料紙も、いつまでも自分の手元にあるのが気に掛かっていたのである。依頼を受けたからではなく、自分のために使わせてもらったからこそ、なおさら罪悪感のようなものがあった。
昼食を届けるのにかこつけて返却はできた。かといって、ふたりの秘密にたどり着いたことも悟られてはいけない。まあ、落ちぶれた家の古めかしい“著しの儀”など、今をときめく侯爵令嬢たちが知るはずもないが。
だからワンピースを貸し付けられ、外食に誘われてから今日を迎えるまで、すずりとさち子はそのことについて話し合い、ボロが出ないよう準備を整えていた。役割分担としてはさち子に任せて、すずりはうなずいて調子を合わせておく、となったのだが。
うまくできているだろうか。顔に笑みを貼り付けながらさりげなくうかがうと、麗子はやや前のめりになった。
「ええ、そうなの。せっかく詠んだ歌なのに、事前にお知らせもなく、雛菊とリボンの贈り物があって、皆さんの興味関心がそちらに向かってしまったものだから、いまさら桜のお歌を詠んでもね、とお蔵入りにすることにしたのですわ。それでも、もったいない気持ちがあったものですから、どなたかの目に触れないかしらとのいたずら心で、クラス分けの貼り紙の隙間に挟んでおきましたの。おふたりのような方に見つけていただけて、うれしい限りですわ」
心底喜んでいるのが疑いもない完璧な微笑みを浮かべた後、麗子はまた、ナイフとフォークを動かし始める。この話題がうまくおさまったようで、すずりはこっそり胸を撫で下ろした。
バターの溶けたビフテキはたいそう美味であるけれども、“著しの儀”の後の棒羊羹のようにガツガツとむさぼることはできない。
(わざわざナイフとフォークで切ってからいただくひと手間を挟むくらいがちょうど良いのかもしれないわ)
ひとり納得し、ようやくコツをつかみ始めたナイフとフォークを動かし、すずりもふたたびビフテキを切り始めたところで──。
「ところで、お気づきになって?あれはわたくしではなく、偲が詠んだ歌ですのよ」
あやうく、力を込めたナイフが滑ってビフテキがあちらへ転がるところだった。
すでに空になった皿を前にした麗子が、ナプキンで口を拭いながら、終わったと思った和歌の話題を、にこやかに蒸し返してきたのである。




