密偵への誘い
「つまるところ、冬斗さま、あなたさまが理事長としてなさっているお仕事を、すずりが大江の才をもってお助けせよということでしょうか」
言葉を変えて情報を整理され、冬斗はうなずく。
「わたしは学校を運営する側で、すずりさんはその学校で学ぶ学生の立場だ。筋違いの依頼をしているのはわかっています。だが一方で、花夢女学校の理事長の責務を全うするには、今のわたしの能力だけでは、行き届かないところがあります」
冬斗が正座したまま前へ進むと、文鎮は先を促した。
「まず、女学校は男子禁制です。わたしと衛藤は原則、敷地内に入ることができません。校長は春の宮さまの信頼厚く、女学生たちのことを調べ上げているようですが、女学生たちは校長や教員には、表向きの顔しか見せないものでしょう。決して校長と敵対しているわけではないのですが、わたしの意図に沿って動いてくれる人材が必要なのです」
一気に説明しきると、文鎮はなあるほどと豊かな髭を撫でる。
「その点すずりは、女学校内を自由に行き来でき、女学生たちとも親しく交わることができる。まあ、我が孫娘は社交的とは言い難いのですが、それはおいておいて。大江の家は代々、公式には残さない非公式記録も保持していることから、それらの情報の扱いもわきまえている、ということですか。だが、それはすずりに密偵の仕事をせよということにはなりませんかな。同窓であるご令嬢がたの情報を、あなたさまに売れと」
刺激の強い表現に冬斗は言葉に詰まるが、それも一度は考慮したことであったから、食い下がる。
「理事長の任を任された時には、自分には無縁のことと思いましたが、日が経つにつれ、その重責を実感しています。近い将来、国家の重責を背負うことになる令嬢たちを教育し、見定める女学校です。及ばずながら、理事長の役割を全うする義務があると考えています。しかしながらわたしは女学校に入れない男の身であり、また、長年外遊していて令嬢たちの家柄やご実家が担ってきた役割については疎い。そこを補っていただけるのは、すずりさんしかいないのです」
文鎮の密偵ではないかとの問い掛けに対し、正面から答え切れていなかった。それでも必死で訴えるしか、術はないのだ。
冬斗がここまで動くことになったのは、本日、日曜日の外出許可が四名分、加賀麗子から提出されたことが発端だった。
加賀麗子と偲がお互いの立場を入れ替わっている──。それこそ学校も、教員も、同窓の女学生をも欺いている行為だが、春斗と楠校長は事前に承知の上で入学させていた。そしてすずりは、大江の才を用いてその秘密に気づいているのではないかとの疑いがある。入学早々に突きつけられた複雑な女学生の事情に、冬斗は自らの無知と油断に焦りを覚えたのだった。
冬斗は文鎮をよく知っていたから、その孫娘が、たどり着いた秘密について騒ぎ立てたりすることはないと考えたが、それでも加賀の令嬢たちと連れ立って出かけるというのは、何かしら意味ありげであることは否定できなかった。
(理解しがたい状況だ)
冬斗は頭を抱えたくなったが、よくよく考えてみれば妃選びというのは政治の一大事だ。さらにその妃の地位が、西洋の一夫一婦制に倣ってたったひとりのものになるなら、その座を欲する者には希少性が高まり、迎える夫の立場になればその重責を背負い切れるかが心配になる。
後者の立場からすれば、たとえば素知らぬ顔で入れ替わりを続けているような肝の据わった娘のほうが適しているかもしれないと考え、見逃し、泳がせておくというのも理にかなっていなくもない。
一方で、文鎮に訴えたとおり、そのようなひと筋縄ではいかない令嬢たちの状況を正確に把握するには、冬斗の持ち駒は少なすぎた。
(時計のカンパニーを立ち上げるだけでもやることは山積みだというのに、国の将来と四十八名の女学生たちの人生まで背負わされては、とても手が回らない)
それが冬斗の本音ではあるが、春斗の立場に立ってみれば、このとんでもない仕事を任せられる人材は、自由の身になった兄くらいしか思い当たらないのかもしれなかった。多分に無茶振りではあるけれども。
(異母兄に無茶振りしてまで、女学校を新たに建て、納得のいく令嬢を選ぼうというのがあいつらしいか)
冬斗が檜扇から薫る香の匂いと、細めた春斗の目を思い起こしていた時だった。
「ちょっと、お待ちいただけますかな」
そう言って冬斗の思考を遮ると、よいしょと文鎮が立ち上がる。唐突な行動にぽかんとするが、文鎮は記憶より小さくなった背を丸めて客間を去り、冬斗はひとり置き去りにされてしまった。
(怒らせただろうか)
女学校への推薦入学同様、冬斗の依頼も最終的には春斗の威光を傘に着ているところがあり、大江の家は断れない立場にある。そうした上からの有無を言わさぬ命に従うことを、文鎮が好まない性質であるのを冬斗はわかっていた。
なんとなく落ち着かない気持ちで庭を眺め、冷めた茶をすする。菓子皿には、うぐいす餅にはたかれていた、きな粉の残骸だけが残っていた。




