素知らぬふりのポタージュ
葛木が恭しくお辞儀をして去っていくと、麗子が皿の上にチューリップのような形でたたまれていたナプキンを取り上げる。はらりと開くと、丁寧にたたんで膝の上へと置いた。
偲もさち子も同じようにするので、すずりもそれに倣う。あくまで借りもののワンピースである。おまけにすずりの場合、水玉模様が散らされているとはいえ白地のそれだった。不慣れなナイフとフォークで、うっかり汚さないよう気をつけていただかなくてはいけない。
「お店の方と親しいようですけれども、こちらにはよくいらっしゃるの?」
対人能力が高いのか、本当に興味があるのか、どちらにせよさち子が会話の口火を切ってくれた。店内の装飾を眺めているだけで楽しいすずりは、沈黙が続いてもいっこうにかまわないのだが、マナーとはそういうものではないらしい。麗子が花開くような笑顔でそれに応えた。
「誰かのお誕生日だとか両親の結婚記念日だとか、何かしら理由をつけて家族で参りますの。外出の機会が増えるほど、母もわたくしたちも、新しいお洋服をあつらえることができますしね」
片目をつぶって茶目っ気たっぷりに言えば、銀色に輝く盆を手に背後に控えていた若い給仕たちが、ぽおっと頬を染めた。
改めて、麗子の持つ魅力にすずりは感心する。黙って座っていても十二分に鑑賞に耐えるのだが、一挙一動動くたびに、花の蕾が次々にほころぶようで、周囲の視線を釘付けにしてしまう。女学校内にも容姿の整った女学生、所作の美しい令嬢は少なくないが、麗子はその中でも別格だった。
(こんな令嬢が始終傍にいたら、一歩引いたところで控えめにしていたくなる気持ちもわからないではないわ)
すずりも自分の容姿がそう優れてはいないことに自覚があるうえ、落ちぶれた大江の家は着道楽というわけにいかなかったため、洒落っ気がないことも承知していた。自分が偲の立場にあったなら、喜んで麗子に晴れ舞台を譲るだろう。
一方で、弾むさち子と麗子の会話に、うなずいたり控えめに微笑んでいたりする偲からは、嫉妬や羨望のようなものは感じられない。すずりは共感できるのだが、年頃の一般的な令嬢たちにはそれが難しいことは、これまで頭の中に詰め込んできた古めかしい物語から学んでいた。
各自、正面にそれぞれ皿が置かれ、勝手知ったる麗子とさち子の会話がさりげなくひと休みする。
「じゃがいものポタージュでございます」
若い給仕の端的な料理説明に、麗子は満足げにうなずく。華奢な白い指が先の丸いスプーンを取り上げたのに倣って、すずりも並べられたカトラリーから、同じものを手にした。
「わたくしも偲も、ここのポタージュが大好きですの。ね」
「はい、お嬢様」
変わらず続く入れ替わりに、まったく笑みを崩さずにさち子は皿に手を添え、スプーンをポタージュに差し入れる。手前から向こう側へ押し出すようにして優雅にすくい、唇へと運んだ。
(お皿の底が見えるほど残り少なになったら、どうやっていただくのかしら)
すずりは一瞬疑問に思うが、三人と同じようにすれば問題なかろうと気づく。そうしておそるおそる、どんな味がするのか想像もつかないとろりなめらかなポタージュにスプーンを差し込んだのだった。




