絶望のワンピース
「あああ、もう、おしまいだわ」
裁縫の授業を終えたところで、すずりは机に突っ伏した。
「すずりさんったら、大袈裟ね」
さち子が肩を揺するのがわかるが、すずりは起き上がることができない。なぜなら、先ほどまで行われていたはじめての裁縫の授業で、すずりにとっては最後通告に近いことが通達されたからだ。
裁縫を受け持つのは、すずりとさち子が属するハ組の担任の桑原である。女学生同様に袴を身につけているのだが、着物はいつも斬新な柄を選んでいる。今日は黒地に白・赤・黄の線で大胆な幾何学模様を描いた銘仙に、水玉柄の半衿をあわせていた。
背丈はそれほど大きくなく、ふっくらとした身体付きで常に微笑みを浮かべているが、女学生の机と机の間をゆったりと行き来しながら、右手に持った竹尺で左の手のひらをパシッパシッと打ち付けている。
体操に続き、すずりは裁縫も苦手だった。まず、ひどい近視なので針の穴に糸を通すのにたいそう時間がかかる。どうにかしてその難関を潜り抜けた先には、とことん不器用な手先には負荷が重すぎる仕事たちが待っているからだ。その時縫っているものと、着ている着物の袖とを縫い付けてしまいくっついているなんてことは、日常茶飯事である。
そんなすずりの実力を知ってか知らずか、桑原はパシリと手のひらを打ち付けながら、圧の強い笑顔を浮かべて言った。
「選ばれし花夢女学校生の皆さんなら、浴衣のひとつくらい仕立てられて当然でしょう。わたしの裁縫の授業では、今さらそのようなことは教えません。これから皆さんがたに身につけていただくのは、洋装の仕立てです」
浴衣を浴衣として完成させたこともないすずりは、頭の上に金だらいが落ちてきたような衝撃を覚えるが、桑原の話には続きがあった。
「次の金曜から以降毎週、夕食は西洋料理のディナーをいただきながら食事のマナーを学ぶ授業となります。今から三ヶ月後、七月からそのディナーに参加する条件として、ご自身で縫い上げたワンピースをお召しいただくことを挙げさせていただきます」
パシッとひときわ小気味よく、手のひらに打ち付けた竹尺が鳴った。
「六月中にワンピースを縫い終えることができなかった方は、ディナー会場の準備と給仕、片付けをしていただいた後に、湯漬けとたくあんのみの夕食となります。七月以降もおいしいディナーをいただきたいなら、なんとしてもワンピースを仕上げておしまいなさい!」
ぽかんと開いたすずりのあごがさらにがっくりと落ち、しばらく元の位置へと戻ってこなかった。
「ただし、すでにワンピースをお持ちの方はそれをお召しになればディナーへの参加は認めます。これからの女性は洋装を着こなす必要があり、そのためには構造を学ぶ必要があるとの考えからの課題です。既製のものを着こなすよりも、自分で仕立て、それを身につけることが何よりの学びになるのです。さあ、それでは洋装の仕立ての基本のキから始めますわよ!」
以降、絶望に打ちひしがれたすずりの記憶は、授業の終わりを知らせる鐘がなり終えるまでの間、すっぽりと途絶えている。
「これまでいただいてきたお食事、三食いつも結構なお味ですものね。西洋式のディナーとなったら、どれほどでしょう。楽しみですわ」
「六月までは夢を見させて、その後奈落の底へ突き落とすわけです。落差が激しすぎる……」
さめざめと泣くすずりを励ますように、さち子はぽんぽんと背中を叩いた。
「はじめからあきらめてはいけませんわ。わたくし、自分の分が終わりましたら手伝って差し上げますから」
「……さち子さん」
しみいるようなやさしい言葉に、ようやくすずりは机の両端をつかむ。がらりと戸が開く音とともに、教室内がざわつく。
はて何事かと、すずりが机の下につきそうになっていた長い三つ編みとともにゆっくりと顔を上げれば──。
「ごきげんよう」
すっかり血色が良くなった加賀麗子が、矢絣の着物に身を包んだ偲を従え、すずりとさち子に微笑んで見せた。




