花嫁女学校の昼食配達係
「どうなさいました!」
取り巻きをかきわけるようにしてやってきた偲が、地面に座り込んだ麗子のもとへ屈み込む。
「心配いらなくてよ。少し立ちくらみがしただけだから……」
「やはり、体操の授業はお休みになったほうがよろしかったのです。そう申し上げたではありませんか」
やや咎めるように言うと、偲は麗子の膝裏に腕を差し込み、軽々と抱き上げた。背後の女学生たちの中から、きゃっと黄色いさえずり声が上がる。
「午後の授業はお休みをいただくかもしれません。イ組の方がいらっしゃいましたら、もしわたくしが間に合わなかった場合に、先生にその旨お伝えいただけないでしょうか」
麗子を横抱きに抱えた偲が静かにそう言えば、やや頬を染めた女学生が数人、こくこくとうなずく。
「お任せになって。きっと伝えておきますわ」
菫色のリボンを頭に飾った女学生が上擦り気味の声でそう言うと、偲は静かに微笑み、一礼した。
「偲、降ろしてちょうだい。わたくし、自分で歩くわ」
「血の気のない真っ青な顔で、何をおっしゃるのです」
取り巻きに混じって、そんなやりとりを聞いていたすずりの鼻が、ぷうんとただよってきたお出汁の匂いを嗅ぎ取った。くるりと踵を返し、寮のほうへと向かおうとした偲の背中に、すずりは叫ぶ。
「あの、昼食をお持ちしましょうか!」
咄嗟に発した言葉に、取り巻きの視線が集中する。ゆっくりとした仕草で、偲がこちらを振り返った。
「以前、わたしも夕食を抜きかけて、同室のさち子さんが食堂の方々に交渉して、おむすびを手配してくださったことがあります。差し支えなければ、同じように掛け合って、おふたり分の昼食をご用意してお部屋までお持ちします。ね、さち子さん」
注目を浴びてしまい、救いを求めるようにさち子の腕をつかめば、ようやくそこで空中スケッチの動きが止まった。
「え……えと、ああ、そうね。そうしましょう。わたくし、食堂のお姐様たちとはうまくやれましてよ」
「お顔色から察するに、お昼を抜かず、何かお腹に入れたほうが良さそうに思います。もちろん、お部屋には立ち入りません。ドアの前でお手渡しして戻りますわ」
すずりがあまり必死にならないように、だが譲らぬ姿勢で言えば、偲は抱えた麗子の顔をちらと眺めた後、静かに頭を下げた。
「お気遣い、痛み入ります。部屋は三階奥の牡丹です」
顔を上げた偲の視線があまりにもまっすぐで、すずりはわずかにたじろぐ。が、どんと拳で胸を叩いて見せた。
「牡丹ですね。後ほどおうかがいします。どうぞお大事に」
「ありがとうございます」
そう言うと偲はまた静かに踵を返し、麗子を抱えたまま、背筋の伸びた姿勢で寮へと向かっていった。
背中が遠のき、木々に混じって偲の姿が見えなくなると、取り残された取り巻きの女学生たちからひそひそと囁く声が漏れ始める。
そしてすずりは、自分に向けられている視線が、やや刺々しいことを感じ取った。なぜだろうと考える前に、今度はさち子に、がしりと腕がつかまれた。
「まずは我々の腹ごしらえですわね、すずりさん」
覗き込んできたさち子の目力は強く、とりあえずこの場から早々に立ち去るのが良いことだけは察せられた。腕を引かれるまま、食堂へと直接向かう。
混み合っているかと思いきや、稽古着のままの女学生の姿は少なかった。おそらくは着替えを終え、時間を置いてから昼食にしようと考えている者たちが多いのだろう。
「ご覧になって、すずりさん。今日のお昼食は五目いなり寿司ですわ!これならわざわざおむすびを握っていただく交渉をせずともお持ちできますわね」
少ない数ではあるが、すでに席についている令嬢たちの盆の上の皿を見て、さち子は言う。盆を手にサクサクと進む列に並びながら、すずりは問いかけた。
「薙刀の演武をご覧になって、すぐにスケッチをしたいとおっしゃっていましたけど、よろしいの?」
その問いにさち子は振り返り、にんまりと笑って見せた。
「もっと萌える題材を見つけたから、もう薙刀はよろしいのよ」
「萌える?」
すずりが鸚鵡返しにすれば、仏像にも似た笑顔を近づけてくる。神々しい、というわけではないが、圧が強い。すずりは一歩後ずさるが、さち子は逃してくれなかった。
「軽々と抱き上げた偲さんと、その広い胸に頬を寄せて身体を預ける麗子さん。尊かったですわ……!」
ぐっと拳を握りしめて、何度もひとりうなずくさち子。すずりがきょとんとすると、盆を持っていないほうの手で、ガッと肩をつかまれた。
「昼食のお届けをお申し出になったすずりさん、ほんっっっとうに良いお仕事をしてくださいました。落雁に豆菓子、檸檬どろっぷ山盛り三年分贈呈しますわ!」
そう据わった目で言い放つと、皿の上に行儀良く並べられた五目ごはんのいなり寿司とお吸い物の椀を受け取るべく、さっさと前へ進むさち子なのだった。




