春の嵐の後始末
春斗と楠校長が去り、すっかり静かになった部屋で、冬斗は大きくひとつため息をついた。
「お察しします」
来客のティーカップを淡々と片付ける衛藤の表情にも、わずかな疲労がうかがえる。冬斗はすっかり冷めた紅茶に、ミルクをたっぷり追加して乾いた口の中を潤した。
「後は頼むと言われてもな」
「理事長でなく校長の責務ではないでしょうか」
立場を入れ替わったまま、堂々と女学生代表挨拶を入学式でやってのけた加賀の令嬢のことも、そして彼女らが残した和歌の料紙を持ち帰り、大江の才とやらを用いることで、入れ替わりの真相に気づいてしまいそうな大江の令嬢のことも、「では後は兄さんよろしく」とだけ言い残し、片手を上げて春斗は去っていったのだった。
ごくりという音とともに、濃厚なミルクティーが通常の液体以上の存在感をもって冬斗の喉を通り過ぎていく。ソファの背もたれに体重を預け、行儀悪く、日本家屋には長すぎるらしい脚をデスクにぶつけないよう組み替えた。
「大江、か」
加賀の令嬢たちのことはさておいて、冬斗は代々宮中の記録係を務めたというその家の名を口にする。強引に押し付けられたとはいえ、花夢女学校の理事長就任にあたり、冬斗は四十八名の女学生たちの名簿に目を通していた。
華族という名の新たな特権階級。西洋風に爵位で序列をつけ、維新の功労者や財界人が加わりはしたが、大半は公家など前時代の名門貴族がそのまま引き継がれ、今回の女学校の生徒たちの実家もほとんどがその部類に属する。
(奔放に振る舞っているように見えて、おさえるべきことはおさえている。さすが、というべきか)
公家生まれの母から引き継いだのであろう春斗のきつねのような細い目は、いつもにこにこと細められているが、ごくたまに奥の瞳が鋭く光る。兄に懐く弟のように振る舞いながら、その身分と地位にふさわしく、春斗の言葉には有無を言わせぬ圧があった。
それは、外遊にまで付き従ってくれた忠実な従者である衛藤にとっては、あまりおもしろいことではないのだろう。カップを片付け終えた衛藤は、来客の名残りをかき消すかのように部屋中の窓という窓を開けていた。
「大江と、寄宿舎で同室の梨小路の令嬢が和歌をしたためた料紙を持ち帰ったところまでは、わたしも目にしていました。しかしながら、男子禁制の女学校となりますと、男のわたしには限界があります」
「それはそうだろう」
冬斗がやれと命じたわけではないが、どうやら衛藤は掃除夫に変装して、その様子をうかがっていたらしい。
女学生たちが授業で校舎(今回は講堂で入学式だったが)にいる間、ある年齢以上に達した掃除夫たちは校内の清掃に入ることが特別に許されている。春斗が絶大な信頼を寄せる元乳母であり、事情を知る楠校長はまだしも、この先、他の規律に厳しい女教師たちに変装がばれ、叩き出されることがないよう祈るばかりである。
「大江の才だとかなにやら怪しい話が出ておりましたが、そんなものが現実にあるかはともかくとして、大江の家に生まれたのであれば、その令嬢は冬斗さまのお役に立つ義務があると思いますが」
棘を含んだ衛藤の言葉に、冬斗はたしなめる意味を込めて軽く手のひらを動かす。衛藤は意図を受け止めたように黙礼するが、発した言葉を撤回するつもりはないようだった。
冬斗は女学生の名簿を眺め、その令嬢の頁に目を落とす。
大江すずり。冬斗が世話になった文鎮の孫にして、代々宮中の記録係を務めてきた大江家の令嬢にふさわしい名であった。




