ミルクティーの報告
「そうか。加賀侯爵の令嬢がたは、従来のやり方を貫き通したか」
報告を受けた春斗は、ソファにもたれて寛ぎながら、優雅な仕草でミルクティーをすすった。
ここは鷹峯時計製造株式会社の社長室。必要最低限ながら、質の良い西洋風の家具をそろえて突貫で設えられたそこは、冬斗が長年温めてきた、日本製の腕時計の製造に挑む新会社の舵をとる社長室になるはず、だったのだが。
本日ここで繰り広げられているのは、他でもない、花夢女学校の入学式で起きた出来事だ。室内にいるのは、本来この部屋の持ち主である冬斗、冬斗にその女学校の理事長をせよと命じてきた弟の春斗、そして女学校の校長である楠に、ミルクティーの給仕をして壁際に控えている冬斗の従者の衛藤である。
冬斗が長い船旅を終えて、横浜港に降り立ったあの日。待ち受けていた背広の軍人たちに半ば強制的に乗せられた自動車の中で、春斗から寝耳に水の仕事を言い渡された。
自分は冬斗の弟だと言ってきかない春斗は、将来、この国の帝になることが約束されている。そのあたりの事情とは縁がなくなった冬斗だが、さすがにこれからこの国でやっていくわけで、畏いあたりからの命令に逆らうわけにはいかなかった。
女学校の理事長の業務など具体的に何も浮かばないまま、時計製造会社の設立・経営と並行してならという条件で検討する旨伝えた冬斗だったが。せっかくだから女学校周辺を回ってから帰ろうと春斗が言い出すと、乗り込んできた背広の軍人の運転によって自動車は走り出した。
石造りの西洋のそれと比較すれば、頼りなさすら覚える素朴な日本の街並みを、驚きと懐かしさを覚えながら眺めていると──、時折目に飛び込んでくる町名と番地に徐々に嫌な予感を覚え始めた。そうして、レンガ塀と緑生い茂る木々に囲まれた女学校の回りを一周し、非常用の裏門あたりで車が停止した際に、冬斗は完全敗北を悟った。
女学校の裏門から一本道を挟んだ対面にある邸宅は、冬斗が時計製造会社を設立する第一候補地だったのである。額に手を当ててその旨伝えれば、春斗はにっこりと微笑んでこう言ってのけた。
「それはたいへん都合が良いことじゃないか、兄さん。女学校は男子禁制。裏門から道一本挟んだところに理事長室があれば、楠校長が尋ねてくるのにも近くて便利だし、女学校の外であれば僕もちょくちょく様子をうかがいに来ることができるからね」
というわけで、第一回花夢女学校理事会は、鷹峯時計製造株式会社の突貫社長室で開催されている。
校長から入学式の報告を兼ねて挨拶に伺いたいとの連絡があり、乗り気でないまま承知してみれば、先日より少ない数ではあるけれど、それでも背広軍人を複数名伴った春斗までやってきた。
「それで楠、本来は加賀侯爵令嬢付きの侍女である偲嬢が、麗子嬢のふりをして女学生代表挨拶を行ったことについて、何かしら違和感を覚えた者はいたのかな。もちろん、事情を知る楠を除いてだよ。たとえば教師の誰ぞとか」
かつて春斗の乳母だった楠が、女学校の校長に就任したと聞かされた冬斗は、もうどうにでもなれと半ばやけを覚えたのだが、その楠から受けた入学式の報告も耳を疑うものだった。
春斗の妃の候補のひとりである加賀侯爵令嬢が、従姉妹ではあるものの侍女のようんな役割で行動を共にしている娘と立場を入れ替わり、大胆にも、侍女のほうが麗子として、女学生代表挨拶を堂々とやり遂げたというのだ。
「幼い頃から入れ替わりをして久しい加賀ご令嬢のお振舞いは、たいそう立派なものでございました。事情を知る者以外は、そのようなこと誰も気づきはしないでしょうが、ひとつ気になったことがございます」
「なんだい?」
にこやかに細めた春斗の瞳が、鋭さを帯びたのを覚え、冬斗は脱力していた姿勢をわずかに戻す。兄と弟、ふたりの視線をそろって受けた楠は、声をひそめてこう告げた。
「入学式の挨拶で読むはずだったお歌をしたためた紙を、持ち帰った女学生がおります。代々宮中の記録係を務めてきた、大江の家のご令嬢ですわ」
楠が発したその家の名に、冬斗は虚ろにしていたまぶたをぱちりと開いた。




