縁側の棒羊羹
「しぐれ堂さん、今年の栗きんとんも本当においしかったわよね。来年も食べられるかしら」
棒状の羊羹をそのまま握りしめ、むしゃむしゃとかぶりつきながらすずりが言う。
茫然自失となったしぐれ堂の店主がおぼつかない足取りで帰っていったその後も、すずりは目覚めず、その日はそのまま起きてはこなかった。そして翌朝目覚めると、すっかり承知している女中が支度してくれた朝風呂に入り、朝餉をいつもの三倍平らげて、それでも足りずに、縁側に腰掛けて昨日しぐれ堂が置いていった羊羹をむさぼっている。大きな眼鏡は元の位置へと戻り、すずりの顔の半分以上を覆っていた。
「いまさら帳面を読まなければ、あの名物の栗きんとんが作れないということはないだろう」
「そうだと良いのだけれど」
あまいものを食べつけない青墨は、見事に小さくなっていく羊羹と頬張ってふくらんだすずりの頬を眺めながら言う。
いつものことながら、天晴れな食べっぷりだ。とはいえ、その食べた分だけ肉付きが良くなるわけではなく、すずりは変わらず華奢な体型のままだった。
それだけ、体力を消耗するのだろう。昨晩、しぐれ堂の店主に求められて行ったあの儀式は。
縁側の向こうへ投げ出した足をぶらぶらさせていると、テンがこちらへ近づいてきてすずりに擦り寄る。長い年月をともに過ごし、大江の家の家族、すずりにとっては兄弟のような存在になっているこの生き物の見事な尻尾を、すずりは片手で羊羹を握りしめたまま、下から上へと撫でてやった。
「今日も良い尻尾ね、テン。筆にするのが楽しみだわ」
恍惚とした表情でふふふと不気味に微笑めば、危機を感じ取ったのか、テンはびびびとその尻尾を震わせ、庭へと飛び降りて我が身を守るのだった。
変わり映えのしない、いつもの日常。穏やかすぎて退屈な気がしないでもないけれど、だからこそそのありがたみを忘れてはいけない。
またしばらくしたら、しぐれ堂の店主のような、人には言えない悩みを抱えた者が、日記や手紙の類を風呂敷に包んで大江の家の戸を叩くはずだ。
だが、その前に昼餉である。棒状の羊羹を三本平らげたすずりだが、この様子では昼餉もごはんを何膳もおかわりすることになるのだろうなどと考えながら、青墨が無表情のまま、頭の中では台所からただよう匂いに昼餉のおかずを思い描いた時だった。
「お嬢様、大旦那様がお呼びです」
女中に声をかけられ、すずりと青墨がそちらを向く。もうすぐ昼餉なのだから、並べられた膳を前に家族揃って顔を合わせ、話をすることはできるのだけれど。
「おじじさまが、わたしを?」
「はい、お嬢様おひとりで、すぐに書斎にいらっしゃるようにと」
すずりは首をかしげつつ、うなずいて立ち上がる。食べ終えた羊羹の包みを、女中が盆ごと取り上げ、頭を下げた。
歩くたびに鳴る、縁側の廊下のかすかな軋みを聴きながら、青墨は庭の木々を揺らす風を感じる。
変わり映えのしない、いつもの日常。穏やかすぎて退屈なそれが、もう二度と来ないのではないかという予感が、秋風に吹かれる青墨の胸にひゅうと吹き込んだ。




