友禅の真打ち
「それではこれからの二年間が有意義なものとなるよう、ともに励んでまいりましょう。どうぞよろしくお願いいたします」
楠校長は朗らかな笑顔と声でそう言い放ち、一礼する。女学生たちが揃って頭を下げるうちに、校長は左手の階段へと向かい、コツコツと靴の音を立てて平土間へと戻る。
他の女教師たちが一列に立つ、いちばん上手を立ち位置にして立ち止まり、女学生たちのほうを向いて優雅に手のひらを重ねた。
「続きまして、入学生からご挨拶と意思表明をいただきます。学生を代表して、加賀麗子さん」
「はい」
「学生の皆さんはご着席ください」
返事をした麗子を除き、女学生たちは座席に置いてあった雛菊を手に、腰を下ろす。
麗子は、食堂で見た真っ白い友禅はそのままに、今日は牡丹色の袴をつけている。後頭部にきっちりと結ばれた大きなリボンは袴と同じ牡丹色で、手配した人は何をどこまで知っていたのだろうとすずりは思う。
髪型はさち子と同じ半結びのようでありながらさらに長く、垂らした髪の末端がいくつかの束になって渦巻きのようになっており、お洒落にさして興味のないすずりにも手が込んでいることがわかった。護衛兼侍女のような、偲が手入れをしているのかもしれない。
教頭の前で優雅に一礼し、袴の裾を軽く持ち上げながら階段を上がっていく。きっと、たっぷりと膨らんだ裾の長い洋装を身につけても、粗相することなく階段の上り下りをするであろう。
ざわめきが起き、すずりは女学生たちが一様に顔を向けている方向へと自分も視線を動かした。のけぞる教頭の前に、藍の矢絣に紺藍の袴をつけた、偲が立ちはだかっていた。
髪は潔いひとつ結びで、前髪はない。袴と同じ紺藍のリボンはそのひとつ結びに申し訳程度に飾られているという感じだ。
「な、なんでしょう」
「いついかなる時も、お嬢様のお傍を離れることは致しかねますので」
そう女学生にしては低めの声で言うと、階段の一段目のところでこちらを向き、仁王立ちで立ちはだかった。右手に槍か薙刀がないのがおかしなくらい、有無を言わせぬ圧があった。教頭は三角の眼鏡に手を添え、縋るような視線を向けるが、楠校長は静かにうなずいただけだった。
そうこうするうちに、麗子は舞台の中央にたどりつき、演台から平場を見下ろした。演台にはいくつか春の花が飾られているが、麗子の華やかさを前にしては、引き立て役にしかならなかった。この世のすべてのものが、そうなのかもしれない。
麗子の従姉妹であれば、偲とて加賀家の立派な家の令嬢である。花夢女学校の女学生たちの中でも、家柄や血筋は格上であろう。やや大柄だが、飾り気がないだけで、凛とした涼やかな美貌だ。それでも、常に麗子とともにあれば、彼女の傍で静かに控える役割に徹してしまうのかもしれなかった。
「皆様、ごきげんよう」
神社の巫女が神前で舞を舞う際に鳴らす鈴のような、清らかで愛くるしい声だった。緊張のかけらもなく浮かべた微笑みは、大輪の牡丹の花がちょうど花開いた瞬間のようである。
女学生の中には、妃候補と女官候補が入り混じっている。学生生活を送る中で、はじめは妃候補でなかった者が格上げされる可能性もなくはないはずだ。望む者には下剋上がなし得る環境であるとも言えるのだが。
麗子はたったひとことの挨拶で、欠片すら残さず、そんなあわい期待を打ち砕いた。もちろんそれは、麗子を学生代表挨拶に選んだ、学校側の思惑なのかもしれなかった。




