柳・楠・和三盆
えへん。ひとつ咳払いをすると、細い三角形の眼鏡の片方をくいっと持ち上げ、洋装に身を包んだ女性は背筋をぴんと伸ばした。
釣られて女学生たちの背筋も伸びるから、集団とはおもしろいものである。すずりは猫背が通常営業なので、そり返るくらいの気持ちでないと良い姿勢は保てないから苦労する。
「教頭の高柳です。本日の司会を務めさせていただきます。どうぞよろしく」
やや甲高い声でそう言うと、作法通りの立礼に女学生たちも揃って頭を下げた。さち子とすずりも同様である。
「これより花夢女学校第一期入学式を始めてまいります。女学生の皆さま、ご起立ください」
ザッと音を立てて女学生が立ち上がる。ほとんどの学生の髪にま新しいリボンが飾られているから、雛菊に結ばれていたそれかもしれない。
ふたつとして同じ色合いのものはないわけで、女学生の数だけ揃えたのであれば、なかなか重労働だったはずだ。
そんなことをすずりが考えていると、いつの間にか高柳教頭の横にもうひとり女性がいた。こちらは少しふくよかな体型で、たっぷりと量のある白髪を夜会巻きにしている。すずりのそれの八分の一くらいの大きさに見える小さな丸眼鏡が、鼻の上におさまっていた。
「校長先生より、お祝いと歓迎のお言葉です」
あれが校長先生。女学生たちは興味津々のはずだが、さすがは良家の令嬢ぞろい、あからさまに注目することはなかった。
洋装の裾を優雅に持ち上げて階段を上がり、演台のあるステージの中央へと向かう。手にしていた紙を広げ、階下の女学生の顔を一人ひとり確認するように眺めた。
「ごきげんよう、皆様。このたびはご入学おめでとうございます。わたくしが校長の楠です」
校長が黙礼すれば、女学生たちもリボンを飾った頭を下げて答える。朗らかな明るいよく通る声で、微笑みを絶やさない。女学生たちの表情に浮かんでいた、緊張がやわらいだ。
「学校からの推薦をご承諾いただき、心より感謝申し上げます。我が国は西洋列強に並ぶ世界の一等国となるべく、めまぐるしい変化の中に置かれています。日々学び、考え、実行し、その結果からまた学び直すことが求められています。それはわたくしたち女性にとっても例外ではありません。ここにお集まりの皆様は、大きな期待を寄せられ、この女学校に招かれました。おわかりですね?」
校長の問いかけは、壇上から全員に向けられているにもかかわらず、まるで自身に答えを求められているような圧があった。
女学生の多くがうなずいている。ちらとさち子に視線を向ければ、正面の校長に真摯な表情を向けたまま、がしりとすずりの手首をつかみ、何かを握らせた。
無言で握らされた紙の包みを開けば、魚の形をした水色の干菓子がおさまっていた。視線を向ければ、さち子は正面を見据えたまま、口角だけ上へ持ち上げる。その頬の中ではもしかしなくても、大好きなお魚を模した落雁が泳いでいるのかもしれない。
仕方なくすずりは、咳をするふりをして落雁を口の中に放り込んだ。横目で高柳教頭を盗み見るが、壇上の校長を食い入るように見つめ、いちいちうなずいている。
和三盆の上品なあまさを舌の上で転がしながら、めまぐるしい変化の中でも、とりあえずさち子はしぶとくご機嫌に生き抜いていくのだろうな、などと思ったりした。




