四十八のおリボン
「新しい木の匂いがしますわね」
さち子と連れ立って、講堂へとやってきたすずり。大きな窓から差し込む日の光で、広い講堂内は春の明るさに満ちていた。
今日はいよいよ、花夢女学校の入学式である。続々と会場に集う令嬢たちも浮き足立ち、心なしかはしゃいでいるように見えた。
向かって正面の奥には、階段を三段ほど上がるステージがあり、中央に演台がある。演台の背後には、たっぷりとひだをつくって垂れ下がる深紅の緞帳。平土間には、女学生が使うにはやや余裕のあるふたり掛けの椅子が、横にふたつ、縦に十二並べられていた。
「座る順番は決められていないのかしら」
さち子は軽快な足取りで席へと近づいて覗き込み、あらといったふうに右手の指先を口に当てる。昨夜、持参した書物を読み耽って夜ふかしをしたせいで、あくびが途切れないすずりを手招きした。
「早くいらっしゃいよ、すずりさん」
言われるまま小走りになり、指し示された椅子を覗き込むと。
「雛菊、ですわ。しかもリボンの色はいくつかあるようよ」
椅子の上に置かれた一輪の黄色い雛菊の花を、さち子は取り上げて見せた。驚いたのは、身につけている浅葱色の袴と同じ色のリボンを見つけたからだろう。
「こちらはすずりさんの袴と同じ色のリボンね。そうなると、わたしたちの席はここしかないのではなくて」
さち子の言うように、葡萄茶色のリボンを結んだ雛菊が置かれていた。他の席を見れば、黄色い雛菊はおそろいで、リボンの色はそれぞれ違うようだった。女学生たちも同様に、小さな歓声をあげて袴や着物にあわせて席を選んでいる。
すずりのおぼろげな記憶によれば、学校というのは規律を何より重んじる。名字やら生まれた月日やらで学生に順番をつけ、その通りに背筋を正して並ぶことを強要するところだ。
今目の前で起きている、雛菊に結んだリボンの色で席を選ばせるやり方は、なかなか洒落た趣向だ。女学生の意志を尊重していると言えるかもしれない。
「さ、すずりさんもお座りになって。そしてこちらへ背を向けてくださいな」
すでに腰掛けているさち子に促されるまま、すずりは葡萄茶色のリボンが置かれていた席に、さち子に背を向けるようにして腰を下ろす。すると、さち子はすずりの手にある雛菊からするりとリボンを抜き取ってしまった。
そしてシュッシュ、きゅっと音がしたかと思うと「はい、終わり」と声がかかる。終わったとのことなので、正面を向いて座り直し、顔半分を覆う眼鏡ごしにさち子に視線を向ける。
唐突に、クイッと後ろで一本に結んでいる三つ編みが引っ張られた。背中越しに視線を向ければ、三つ編みのしまいの根っこの部分に、真新しい葡萄茶色のリボンが結ばれている。
そして使い古した古いリボンをすずりの手のひらにのせると、今度はさち子が背を向ける。半結びに髪を束ねた後頭部の結び目に、浅葱色のリボンが飾られていた。
「髪のリボンは女学生の象徴、とはいえこれは相当上等な品ですわ。舶来ものとなると、もしかしたら、うわさの理事長からのプレゼントなのではなくて?」
「うわさ?」
花夢女学校に到着したのは数日しか変わらないのに、さち子はすずりよりも遥かに情報通である。すずりのおうむ返しに、さち子が口を開こうとした時だった。
「始まりますわ」
気づけばいつしか、四十八名分の女学生の席はおおよそ埋め尽くされていた。にもかかわらず、講堂内はしんと静まりかえる。
コツコツとヒールの高いブーツが床を歩く音がするほうへ視線を向ければ、たっぷりと裾がふくらんだ洋装に身を包んだ初老の女性が、一列目の右端のあたりで立ち止まった。




