賢者の隠し事……1500年越しの邂逅
入学式の前、それよりもう少し前のことだ。
「ノアの件もあった。戦力の補強を図りたい」
俺はギルドマスター室で、イリノイにそう切り出した。
「どうしたいのですか?」
相変わらず、彼女は山積みの書類から目を離さずに応じる。
「……相変わらずだな。俺の話を聞く気があるのか、それとも『勝手にするんだろうから早く出ていけ』という意味か?」
俺は、この見透かしたような態度がどうにも苦手だ。
「分かっているでしょう? 私が何を言ったところで、あなたは結局自分のやりたいように動くのですから」
イリノイは、俺の回りくどい言い回しが心底面倒なようだ。
「そうだけどさ……たまには興味を持って驚いてくれてもいいだろう」
俺は少しだけ寂しげに肩をすくめる。
「あなたが『賢者』だったという事実に比べれば、この世の何に驚けというのですか」
彼女の視線は、依然として書類の上を這っている。
「……いいんだな? エルフとドワーフ、そしてリザードマンを学園に入学させるぞ」
俺は流すように、しかし確信を持って告げた。
「……は? また何を突拍子もないことを……」
流石のイリノイも、その言葉にはペンを止めた。
「お前が提案したんだろう。『学園はギルドとの連携を高め、実戦を増やすべきだ』とな。ギルドには各街の手も借りる。そこに他種族が混ざってもいいはずだ。彼らは魔王討伐にも協力的だからな。手始めとして、他種族との親睦を深めておくことは無駄じゃない」
俺は、1500年経ってもなお、断絶したままの種族間の交流に、強い違和感を覚えていたのだ。
「……まぁいいですけれど。アリゾナの許可は取っているのでしょうね?」
イリノイがちらりと視線を向けたが、すぐにまた書類へと意識を戻す。
「『勝手にしろ。ただし、私に迷惑だけはかけるな』……だそうだ」
俺は、アリゾナから得た回答をそのまま伝えた。
「……他種族との仲が悪い理由について、彼は何か?」
イリノイが、要点に触れようとしないアリゾナへの苛立ちを露わにする。
「いや何も。どうせ『後衛主体』の戦闘が主流になり、前衛気質の他種族が『不要』だと切り捨てられた。……そんなところだろう」
俺は推測を口にする。
「たぶんね。それに……ガル様が他種族との共闘には、あまり積極的ではなかったことも一因でしょう」
イリノイの口から、予期せぬ名前が出る。
「それは初耳だな。なぜだ?」
「さぁ?」
彼女は興味なさそうに肩をすくめた。
「……まあいいさ。こう見えて、俺は奴らと仲がいいんでね」
俺は内心で笑う。
「……いつの時代の話ですか、全く」
呆れ果てた彼女の溜息が、執務室に小さく響いた。
「さて。エルフは海辺、ドワーフは洞窟、リザードは森……どこもかしこも遠いな」
俺は行き先を思案している。
「まずはエルフのところへ行くか。連中、どんな顔をするだろうな」
俺はニヤつきながら、次の予定を頭の中で描く。
「ロロ、少しの間ここを空けるぞ」
寮に戻り、身支度を整えながら俺は告げた。
「……また何かしでかすつもりか? 世界が消滅するような事態は、もう真っ平御免だからな」
ロロは冗談めかしつつも、その瞳には切実な本音が宿っている。
出かけるたびに世界を滅ぼしかけた男が相手では、牽制もしたくなるだろう。
「今回は大丈夫だ。昔の友人に会いに行くだけだからな」
俺は肩をすくめて、軽やかに返した。
「……お前に友人がまだ残っているとでも?」
ロロは心底呆れ果てた様子で言い放つ。
「……流石に、もういないか」
俺は苦笑をこぼすと、期待に胸を躍らせながら部屋を飛び出した。




