ウィンクルール・・・エルフ
「海か……転生して初めて見たな」
潮騒の香りが漂う海岸沿いを、俺はエルフの街を目指して歩いていた。
この種族は海に近い場所に街を築く習性がある。主な産業は漁業だ。やがて、海沿いに石造りの壮大な街並みが見えてくる。津波にも耐えうる頑強な構造。排水機能までも緻密に計算されている。
――おバカな種族などと一般的には揶揄されているが、そんな言葉は到底当てはまらない。
「変わらんなぁ、ここは。ヴァイオレット王国動乱の時代から……街自体は、随分と大きくなったかな」
王都を擁するエルフ屈指の街『ウィンクルール』は、俺の記憶にある姿よりも遥かに拡張されていた。
「変な人間が近づいていると報告を受けたが……何だ、この弱そうなガキは」
エルフは目、耳、鼻が鋭い種族だ。早々と俺の接近を察知し、警戒態勢を敷いていたらしい。
「そうやってノコノコと出てきちゃうとこが……おバカって言われる理由じゃないのか?」
俺は周囲の気配に向け、あえて投げかける。
「ほら、お嬢様……黙っててと言ったのに」
当然、側近の言葉も丸聞こえだ。
「ええい、何用で来た!」
飛び出してきたエルフの女性。人間では到底たどり着けないであろう、透き通るような美貌に溢れている。エルフの中でも特に整った顔立ちだ。
「その整った顔つき……王族か?」
俺は一瞬でその正体を推察する。
「ふんっ、 そんな世界一可愛いなど言い慣れてるわ。その程度でなにか出ると思うな!」
彼女は高らかに胸を張る。そんなことは一言も言っていないのだが。
「エルカスという名のエルフが、存在したはずだが?」
俺は彼女の困惑を無視し、問いを重ねた。
「なぜ……? 私のご先祖様にいたような……」
彼女は拍子抜けするほど素直に語り始める。
「流石に亡くなっているか。俺はルーシュ。レイシュルト・ヴィ・ルーシュ。……祖父か、父親にでも話を通してくれるか?」
俺は本名を告げ、彼女の判断を促した。
「じいや……どうするの?」
「じいが聞いてまいります」
側近はその場を離れた。俺は石畳に腰を下ろして待つことにした。
「人間なんて珍しい……ギルドの討伐依頼で顔を出すくらいなのに。何しに来たの?」
暇になったのか、エルフの女性は話しかけてくる。
「ルーシュだよ。ちょっと……昔話をしたくてな」
「私はセレスティア。……昔話もなにも、寿命の長い私たちに、人間と語り合えるような話なんてあるのかしら?」
セレスティアと名乗った彼女は、不思議そうに首を傾げた。
すると、一人の年老いたエルフがゆっくりと歩いてくる。
「これはこれは……本当のようだ。珍しい客人だな」
「ひいお祖父様……そんなに出歩いて大丈夫なの?」
セレスティアは駆け寄り、支えようとする。
「大丈夫だよ。たまには外の空気でも……ゴホッ、ゴホッ」
老いた体には、この冷たい潮風は酷なようだった。
「ルーシュさん、行きましょうか……」
年老いたエルフが歩き出す。
「ひいお祖父様……いいの?」
セレスティアが耳打ちをする。
「本物か確かめる。気にせず着いてきなさい」
セレスティアは驚愕の表情を浮かべる。しばらく、波の音だけが無言で流れる。
「ねぇねぇ……結界…本当にいいの? 死んじゃうよ、あの人」
聞こえない程度の囁き。
セレスティアはビクビクと肩を震わせ、覚悟を決めたように目をつぶって歩き始めた。
「変わらないな、ここも」
俺は静かに呟く。
「ひゃぁ!? なんで……生きてるの!?」
セレスティアは思わず後ずさり、目を大きく見開いた。
老人は静かに足を止めた。
「流石ですね……賢者様」
年老いたエルフは、その場で深々と頭を垂れた。
「け、賢者様……?」
セレスティアは言葉の意味を理解できず、呆然と繰り返す。
「外敵よけの結界、触れたものを焼き切る……物騒な魔法だよな。エルフの基礎魔法から、俺が編み出したんだ。ここまで精密な網目状の結界は、エルフの特性でしか生み出せなかった。……なかなか、いい経験だった」
俺は何もなかったかのように、結界の境界を跨いで進む。
空気が焼ける匂いすら、起きなかった。
「結界を通る際、同じ特性の魔法を使わない者は焼き切られる。……これができる人間は、歴史上たった一人しかおらん」
老人は震える手でセレスティアに説明した。
「マジ……?名前だけで、この人のことを試したの? 怖……」
セレスティアは、我がひいお祖父様の大胆すぎる行動に恐怖を露わにする。
「前回戦わせていただいたエルフの、来孫に当たります。この娘は9代目の子孫になります」
600年の寿命を以てしても、1500年という月日は、9代もの血の系譜を流していた。
「流石にひと目見て確信を得るには至りませんでしたが……聞いていた魔力と、寸分違わぬものでした。信じられませんが……ホッホッホ」
老人は穏やかに笑う。
エルフは魔力の一人ひとりの特性を感じ取れる唯一の種族だ。
「では、我が城へお越しください」
年老いたエルフが促す。
「いや、墓参りが先だな。転生のたびに来ているんだ。エルフは……また会えたな、と話せる唯一の戦友だったからね」
俺は、かつて強敵を共に封印した友の元へと向かうことにした。
200年周期だった転生。エルフの長い寿命は俺の孤独を少しは和らげてくれていた。
しかし今回の1500年は大きな時間だった。
「そうですか。……では、セレスティア、お供しなさい」
「はい、承知いたしました!」
セレスティアは先ほどまでの困惑を消し去り、背筋をビシッと正した。




