神業の洗礼・・・逆襲の他種族
会場を支配していたのは、熱狂ではなく**「困惑」**という名の静寂だった。
《遠隔写映魔法》が映し出す断片的な光景。
観客たちは、いつの間にか入れ替わっていた戦況を誰一人として理解できていなかった。
「どういうことだ……?」
「俺たちも騙されてたのか?」
「こんなの、試合にすらなってないぞ……!」
「……っ、おおっと!! 実況者として、ここまで完璧に一杯食わされた試合は初めてだぁぁ!! 皆と同じように、『ジュリアスが決めたぁぁぁ!!』と叫んでしまった自分が恥ずかしい!」
実況のデンが、凍り付いた会場を無理やり叩き起こすように声を張り上げる。
「インタビューだけじゃ足りない! この異様な結末、今すぐ本人たちに問い詰めなければ!」
デンの足は、すでに実況席を飛び出していた。向かう先は、粉々に砕け散ったクリスタルが転がるジュリアスチームの拠点だ。
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「おい、マジかよ……」
観客席で、ルーシュの仲間であるロックが呆然と呟く。
「……圧倒的すぎると思わせておいて、また油断したのかあのバカ、と焦ったが……なんだこの結末は」
ジャックもまた、戦慄を隠せない様子でフィールドを睨みつけていた。
「みんな、かっこいい……っ!!」
リリスだけが、その瞳を純粋な憧憬でキラキラと輝かせている。
「メロ、お前は気づいてたのか?」
ロックが、ルーシュと共に過ごした時間の最も長いメロへと視線を投げた。
「……いえ。何か仕掛けているとは確信していましたが……ここまで完璧に欺かされるとは、思いもしませんでした」
メロですら、その全貌を測りかねていた。ルーシュが負けるはずがない。その信頼があったからこそ、彼はその裏を暴こうとしていたのに。
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「観客席の皆さーん! 拠点に到着しました! 他種族チームの皆さん、インタビューいいですか!?」
崩れ落ちたままピクリとも動かないジュリアスたちの傍らで、セレスティアが拡声器をひったくるように受け取った。
「――流れを、教えてあげるわ」
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それは、開戦の鐘が鳴る直前の、冷徹なまでの作戦会議。
「心配はしてないが調子が悪かったらちゃんと言えよ。それにジュリアスのことだ何かしかけてくるかもしれない」
「……どうせ運営を買収して、クリスタルの位置を把握してそうよね」
セレスティアが吐き捨てるように言った。
「使用魔法も割れている可能性があるな。だが、それこそが油断しきっている奴らには丁度いい」
ルーシュが、底の知れない笑みを浮かべる。
「にしても、そこまでして勝ちたいもんかねぇ」
ドワーフのバルカスが、理解不能といった風に首を振る。
「勝つ前提での圧勝。それがあの男の描く『理想』だ。普通に楽しめないのは癪だがな」
リザードマンのザルガも、退屈そうに鼻を鳴らした。
「まずエルフィ兄様の光魔法で蜃気楼を作り、フィールドの構造を誤認させる。そして私の時空魔法で、開始五分で時間感覚を麻痺させるわ」
セレスティアが冷淡に工程を確認する。
「ザルガとバルカスの索敵で敵の位置を捕捉。全員がリスポーン地点に揃うまで、延々と狩り続ける」
エルフィの声には、一切の慈悲がなかった。
「奴らは最速でこちらへ向かっているつもりだが、実際には時間という泥沼を歩いていることにも気づかない。接敵した頃には、あちらのクリスタルはもう割れている。時間感覚を狂わされた奴らの目には、俺たちがより強大に、より速く映るだろうな」
バルカスが追撃の言葉を重ねる。
「焦って拠点へダッシュしても、蜃気楼のせいで進めど進めど森の中。ようやく着いたと思ったら、そこは自分たちの拠点、というわけだ」
ザルガが、その鋭い牙を剥き出しにして嗤う。
「そして――奴らが迷っている間に移動。さもクリスタルを死守するフリをして、壊させてやる。……そこで、俺たちの勝ちだ」
ルーシュが最後の一言を紡ぎ、全員が視線を交わしたその瞬間。
**ピィィィィィィィィィィィィィィッ!!**
残酷なまでの開始合図が、フィールドに鳴り響いた。
「……流石に全範囲を覆うのは無理だが、《**虚像幻界**》」
光魔法。エルフも王族のみが扱える高位の術。さらにその先にある『上位魔法』――**《幻影魔法》**を、エルフィは躊躇なく発動した。
世界が歪む。フィールドの構造そのものが書き換えられたことに気づかず、ジュリアスたちは猛進する。あまりにも複雑な地形が、彼らの「最短」を「難所」へとすり替えていった。
その隙を逃さず、ザルガたちの索敵魔法が獲物の位置を完全にロックする。
追い打ちをかけるのは時空魔法。大精霊クロノスの加護を受けたライカを除けば、人間には到達不能とされる領域。エルフはその長い寿命故少しは扱える、「時間感覚の麻痺」程度、造作もない。
未知の魔法。
立て続けに放たれる神業の濁流に、ジュリアスたちは自分たちが溺れていることすら自覚できずにいた。
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「後はご存知のとおりよ。……少しは理解できた? 私たちのことを知りもしないくせに、よく『亜人』なんて呼べたものね!」
セレスティアの言葉は、鋭い刃となってジュリアスを貫く。彼女は最初から、底の見えない怒りを抱えていたのだ。
「……ただの、駒のように……。お前たちの描いた筋書き通りに、動かされていただけか……。最初から、負けは決まっていたというのか……っ!」
ジュリアスは顔を伏せたまま、絶望の深淵へと崩れ落ちる。
「……最初からではない。この魔法にだって弱点はあった。その傲慢な態度さえなければ、各所で感じたはずの違和感に気づけたはずだ」
エルフィの静かな指摘が、ジュリアスの脳内にフラッシュバックを引き起こす。
(なぜ、もうクリスタルが割られている? ……なぜ、奴らはこれほどに強い?……なんだか、拠点が遠すぎないか?…)
頭をよぎったはずの、数々の綻び。それを「自分たちの優位」という傲慢さで塗りつぶしたのは、他ならぬ自分たち自身だった。
「馬鹿みたいに突っ込むからそうなるのよ。滑稽ね」
セレスティアが、最後の一滴まで毒を吐き出す。
「……悪口はやめろ。これからお前達の寮の掃除係だ。仲良くしてあげろ」
ルーシュはそれだけを言い残し、一瞥もくれずに背を向けた。
去りゆく他種族チームの背中を、ジュリアスたちはただ、虚無の中で見送るしかなかった。




