残響の村・・・緊急軍議
「勇者ですか……」
騎士団統括、カロライナがポツリと言った。
「あまりにも不安定な力だが、勇者であることは事実だ」
おれの言葉に、カロライナは至極真っ当な懸念を返す。
「そうは言っても、軍隊経験のないただの狩人に『あなたは勇者です、みんなをまとめてください』とお願いして、『はいそうですか』と行くわけがないでしょう」
「それもあるが、あいつはこのままあの村を放っておけないと言い張っているんだ」
ノアは村を守るために残ると言い、一向に協力してくれる雰囲気はなかった。
「その件については、こちらの防衛隊とダニマイト鉱石の発掘チーム、そして村の発展協力員を向かわせる方向で解決するでしょう」
「子どもたちは孤児院だぞ」
「分かってますとも。今回の件、偽勇者の件で散々でしたので。彼の要望は優先して受け入れるつもりですよ」
ノアがいたからこそ、大空洞の被害が最小限に抑えられた。その功績を認め、王国は《残響の村》と名付けられたあの土地に対し、前向きな支援を決定した。
「勇者が来たら、あなたが面倒を見るんですよ。国を率いる勇者として、最前線で戦えるように」
「分かってる。他の事務的なことは任せる」
おれはそう言って、再びノアの村へと向かった。
それから一ヶ月。何一つなかったあの廃村のような場所は、国からの支援と鉱石目当ての労働者が集まり、人が住める村へと急速に変貌していった。
「ルーシュ、色々とありがとう」
子どもたちを連れ、ヴァイオレット王国へと戻る道中、ノアが口を開いた。子どもたちが王都の孤児院へ入ることが決まり、ノアもまた、彼らのそばにいられる王国への移住を承諾したのだ。
「気にするな。おれもお前のお陰で助かっている。あの鉱石の価値はデカい。土地を浄化したお前に、国はできる限りの報いをするって約束してくれたからな」
「けど、俺は何かをした実感がまだないんだ」
「何言ってる。お前はこれから世界を救うんだぞ」
ノアは少しの間を置いて、真っ直ぐに前を見つめた。
「分かっている。勇者のことは何も知らないが、俺に目覚めたこの力は、世界のためのものなんだろうな」
「ああ。今まで色んな勇者に会ってきたが、その中でもお前の魔力は抜群に強い」
「……今まで?」
ノアが不思議そうにこちらを見る。
「それは置いといて、まずはお前のことを調べないとな」
「調べる?」
「勇者の覚醒には血筋が関係すると言われている。……だが、褐色の肌に黒髪か。心当たりはないな」
「血筋って、じゃあ最初の勇者はどうだったんだよ?」
「そんなこと言い出したら、この世界はどうなってるんだって話になる。何千年と勇者の血筋は広がっているんだ、今さら血統なんてどうでもいいと言えばいいんだがな」
おれはふと、かつての弟子――ヴァレルの言葉を思い出した。
『魔王は世界の魔力が力の源。そして賢者が転生する際の巨大な魔力を利用して、自らの封印を解く』
だとしたら、勇者が誕生するきっかけもまた、おれの転生に伴う強大な魔力の共鳴が関係していても不思議ではない。
「役者は揃った。待ってろ魔王、今度こそは……」
おれは隣を歩く「新しい勇者」の横顔を見ながら、一人静かに呟いた。
「ガル様が亡くなって以来、やっと希望の光が見えましたな」
ノアが王国に到着した報告を受け、**アリゾナ**が髭を撫でながら深く安堵の息をつく。
だが、参謀役の**バージニア**は、眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせて問いかけた。
「勇者とは、本来どのようなものなので? 1500年もの間、その名は伝承の中にしか存在しなかった」
「ただ強いだけでは勇者とは言えぬのでしょう。それならば、亡きガル様も勇者に匹敵するお力でした」
騎士団を統括する**カロライナ**も、その定義が気になるようだ。
俺は、一堂に会したギルドマスターたちを見渡し、静かに口を開いた。
「『勇者』とは、膨大な魔力を持ちながら魔法を使えない者のことを言う。矛盾しているようだが、歴代の勇者は身体能力が桁違いだった。そして、呪いや毒、状態異常といったあらゆる魔法的干渉を受け付けない。その代わり補助魔法も受け付けないが、それを自身の魔力でカバーしているんだ。……そして魔王を封印すれば、その魔力は失われる」
これが、俺が共に戦ってきた勇者たちの共通点だ。
魔力が失われる・・・これは未だに謎の部分だったがこれについては黙っておいた。
「魔法が使えない、とは……?」
**カロライナ**が信じられないといった様子で聞き返す。
「術式が組めず、空間魔力への干渉ができなくなるんだそうだ。剣に炎を纏わせるような補助はできた。だから、今までは俺が傍にいてサポートしていた。今回のノアも素手のほうが戦いやすいと言っているし、問題はないだろう」
「勇者というのは、なんとも特殊な存在ですな」
**アリゾナ**が唸るように言う。すると、**バージニア**が横から口を挟んだ。
「それは理解したが……やはり賢者様、あなたこそが一番意味不明な存在ではないか?」
「……俺も最近知ったことだが、ここだけの話をしよう。真実だ」
俺は視線を落とし、苦い言葉を紡ぐ。
「魔王の力の源は、世界の魔力そのものだ。後衛職が主流の現代は、魔王にとって都合のいい世界と言える。そして……俺の魔力があまりに大きすぎるせいで、転生時の一時的な魔力干渉が、魔王の復活に利用されているらしい」
「……っ! それは……」
3人の顔から血の気が引く。
「そう、俺が原因だ」
俺は自嘲気味に笑うしかなかった。
「これは軍議ものですぞ!」
**アリゾナ**が激昂し、机を叩いて身を乗り出す。
「復活の引き金があなただと言うのなら、話は別だ!」
「落ち着け、アリゾナ。賢者様に助けられてきたこともまた事実だ」
**バージニア**が冷ややかに嗜めるが、アリゾナの怒りは収まらない。
「その賢者がいなかったら、こんな事態にはなっていなかったのではないかと言っているのだ!」
二人の言い合いを遮るように、俺は静かに告げた。
「俺がいなくても、いずれ魔王に必要な魔力は溜まっていただろう。俺がいたからこそ、奴も好き勝手できなかった。魔王にとって俺は必要だが、同時に不要な存在なんだよ」
「なぜ、そんな重大なことを今……」
**カロライナ**が悲しげに瞳を揺らす。
「1500年の賜物だよ。それに今回は、世界の地脈が影響していることにミズーリが気づいてくれたからな」
ここで、今まで沈黙を守っていた**ミズーリ**が、落ち着いた声で補足を入れた。
「はい。その件に関しては、賢者様の文献、レイラン教の神殿の地脈調査の方は前教皇様が進めていましたので。ご安心を」
俺は頷き、全員を見据えた。
「魔王の力の源が魔力なら、先手は打てる。役者は揃った。あとは整えるだけだ」
「まぁいいでしょう」
**アリゾナ**が居住まいを正す。
「地脈に関してはミズーリ、学園の進級試験と新たな入学試験は私アリゾナが。他国の動向は引き続きバージニアが担当しましょう」
「王国軍の再編は私が」
**カロライナ**が言葉を繋ぐ。
「では、賢者様は?」
「俺は国力のアップを図る。勇者ノアの育成も含めてな。……それと、お前たちに頼みたい。信頼できる者を次のギルドマスターに推薦しろ。いつまでもカロライナ一人にギルドの兼任をさせていては、身が持たないだろう?」
亡くなったガルとアラバマの穴を、彼が必死に埋めてくれている。
その言葉に、**カロライナ**は少しだけ肩の荷が下りたように、ニコッと微笑んだ。
「もちろん、めぼしい人材には目をつけていますよ。期待していてください」




