ノアの村・・・希望
ロロの話によれば、これほど【魔素】が濃い場所に人が住む村など存在しないはずだった。
魔素。それは魔物が放つ毒素だ。通常の土地なら微々たるものだが、ここはかつて魔族の拠点だったこともあり、異常な量の魔素が溢れかえっている。
「結構遠いのか?」
おれは隣を歩くノアに、不思議そうに聞いた。
「それほど遠くはない。時折、大空洞から魔物が流れてくることがあるくらいだ」
「そうなのか。……お前、いつからそんな力を?」
ノアは少し視線を落とし、静かに語り始めた。
「おれは村の狩人だった。信じられないと思うが、おれの村はとても人間が暮らしていけるレベルじゃない。それでも、そこでしか生きられない『はみ出し者』が集まってくる。俺達はそれを受け入れる。こんな場所だからこそ、行き場をなくした人たちが最後の希望だと思ってくれると信じてな」
「そんなに酷いのか?」
「ああ、餓死か魔物の襲撃で命を落とすのがほとんどだ。それでも一日一日を繋いできた。……俺がこの力を得た時の話だったな」
ノアは思い出したかのように続けた。
「一年も経たない前、視界が真っ黒になったあの日だ……。おれは村の子供が二人、魔物に襲われているのを見つけて助けに入った。だが、あまりに数が多すぎて太刀打ちできなかった。もう駄目だと諦めたとき、世界が真っ暗になったんだ。……一瞬だった。その一瞬の闇が明けたとき、おれは周りの魔物を一掃していた」
「真っ暗……。王がいなくなった『闇夜』か」
おれは呟く。あの一瞬、全人類の視界から光が消えた。世間ではダリル国王が行方不明になった日として刻まれているが、実際は魔王の復活とおれの転生が重なった、世界の理が歪んだ日だ。
「それからは魔物の動きも活発になったから、片っ端から戦っていたらこんな事になった」
「それは災難だったな。お前の功績を利用して、成り上がろうとする連中もいたわけだ」
「なんでもいいさ。借りは返した。……着いたぞ」
ノアが足を止めた先。そこには「村」と呼ぶにはあまりに酷い有様が広がっていた。
草木は枯れ果て、鼻を突く異臭が漂う。家と呼べる建物はなく、木や草を並べただけの雨しのぎ。その劣悪な環境の中に、痩せ細った子供たちの姿が見えた。
「これほどとは…」
ノアはおれの視線に気づき、自嘲気味に笑った。
「ノア!!」
一人の少女が駆け寄ってくる。
ノアは「ただいま、元気だったか?」と優しく声をかけた。
「どこ行ってたのよ!」
少女は目に涙を浮かべ、ノアに抱きつく。
「すまなかった。だが安心してくれ。こいつのお陰で大空洞の魔物どもを一掃してきた」
その言葉に、周囲の村人たちが安堵の表情を浮かべる。
これで少しは被害が減るのではないか、と。
少女がおれを指差して尋ねた。
「この人は?」
「ノアに助けられた一人だよ」
とおれが答えると、少女は誇らしげに笑った。
「そうなの? ノアは私たちのことも守ってくれる勇者なんだよ」
「そうだね。ノアはみんなの勇者だ」
その後、おれは村長に呼ばれ、ノアと共に現状を報告した。
「そういうことが……」
村長は痩せ細り、ただ村をまとめる役割を背負わされているだけの男に見えた。
「はっきり言う。ここでの生活は不可能だ。場所を変えるなりしないと全滅するぞ」
おれは事実を突きつけた。
「そうは言ってもな、儂らには行く場所がないんじゃ。怪我をした者、生活力がなく追い出された者……。他のエリアへ行けば迫害を受け、こういう誰も寄り付かない場所でしか暮らせんのだ」
村長の眼差しには、幾度も絶望を繰り返してきた者特有の重みがあった。
「でも子どもたちはどうする?」
「こんな場所で育った子どもたちを 孤児院が受け入れてくれるとでも思うのか?」
「それは……」
おれは言葉に詰まった。
村を歩きながら、ノアがぽつりと漏らす。
「ここは人間が寄り付かない。それがいいっていう人もいる。絶望した中で『ただ生きたい……』そう思う人がいてもいいんじゃないのか?」
「……」
「誰もがお前みたいに何でもできるわけじゃない。努力しても報われず、その努力すら無駄だと思ってしまう人間がいっぱいいるんだ。お前の雰囲気が、この村の何かを変えてくれるんじゃないかと思って、連れてきたんだがな」
おれは立ち止まり、周囲の地面を見つめた。
「一つ聞きたい。なぜこんなに草木が枯れている?」
「なぜって、ここは魔素が……。あれ?」
ノアが言葉を止める。
「魔素が出ていない?」
「大空洞の魔族を全滅させたからか?」
とおれに問うが、それだけではないはずだ。
おれはノアの体を凝視し、確信した。
「お前だ……。ノア、お前の魔力が魔素を中和しているんだ」
「俺が? ずっとここにいたんだぞ」
「だから魔族がお前を狙って活発になったんだ。だが今、元凶が消えたことでお前の中和能力が勝り、この地域の魔素が消えたんだ」
「そしたら、作物が育つのか?」
「可能性はある。……グラブル!」
おれは土魔法を使い、地表に深く穴を開けた。
土壌は完全に浄化されている。その土の中に、鈍く光る石が混じっていた。
「……何だこの石は?」
「固くて使い物にならない石だな。デカいのは二メートルくらいある」
おれはその石を手に取り、目を見開く。
「まさか、ダニマイト鉱石か!?」
「ダニマイト?」
「ああ。最高硬度を誇る特殊鉱石だ。最近の加工技術の発展で、一気にレア素材として価値が跳ね上がっている」
ノアの顔に衝撃が走る。
「王国に掛け合ってみる。上手くいけば、この村はダニマイト鉱石の産地として、国が守らざるを得ない場所になるぞ」
「本当かよ……! 村長に言ってくる!」
ノアは子供のような顔で、村長の家へと駆け出していった。




