偽者の勇者・・・本物の勇者
「クソ剣士!! 何が入口の防衛だ。中から湧くほうが多かったじゃねえかよ!」
戻ってきた俺たちを待っていたのは、返り血で眼鏡を汚したリントの怒声だった。
「俺のせいじゃないだろ……。あの偽勇者の疎かな作戦が招いた結果だ」
「偽勇者……?」
リントが不思議そうに呟く
「詳細はあとだ」
俺はそれに構わず騎士軍の騒がしい方へ目を向けた。
そこでは、先ほど救出したボロボロの男が、今にもカイルを殺さんと詰め寄っていた。
それを騎士軍の副官が必死に止めている。
「こちらもこいつに騙され、多くの部下を失い、窮地に陥った! こいつは国で裁く。頼む、今殺すのはやめてくれ!」
「関係ない……こいつのせいでッ!」
男が巨大な拳を振り上げた瞬間、俺は一歩踏み出し、重圧を込めて言い放った。
「待て」
男が振り向き、刺すような殺気を飛ばしてくる。
だが、相手が俺だと気づくと、その殺気はスッと抑えられた。
「……お前か」
「名前は」
「……」
男は答えず、ただ忌々しそうに顔を背けた。
「……囚われていた理由が、こいつだと言っていたな。詳しく話してくれ」
男は吐き捨てるように言った。
「ノアだ。……話なら、そっちのゴミから聞き出せ」
男――ノアはそう言い残すと、納得のいかない顔のまま、苛立ちを抑えつけるようにその場に座り込んだ。
俺は転がっているカイルに冷たい視線を向けた。
「偽勇者カイル。死ぬか、話すか。選べ」
「偽物じゃない……俺が勇者だ! 俺がこの国の救世主に……!」
まだ錯乱状態のカイルは、その虚栄心を捨てきれないらしい。
「仕方ないな」
俺はカイルを落ち着かせるため、そして現実を直視させるために指先を向けた。
精神に直接干渉する、焼けるような苦痛を伴う魔法だ。
「ぐ、ぐぎぎぎぎ……あ、が、あぁぁぁ……!!」
口から泡を吹き、全身をのたうち回らせるカイル。頃合いを見て術を解くと、男は涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら、震える声で命乞いを始めた。
「は、話す……話すから、殺さないでくれぇ……!」
カイルが語り始めたのは、あまりにも卑劣で無様な成り立ちだった。
元々、カイルは実力こそあれど成果の出せない傭兵部隊の隊長だった。
成果を焦った彼は、ドロリス大空洞の周辺で憂さ晴らしに魔物狩りを行っていた。
だが運悪く、そこで仕留めたられた、同族の報復のためガザとミリスが執拗に追いかけてきたのだった。
カイルの率いた軍勢は一瞬で崩壊し、絶望に呑まれた。
そこへ偶然通りかかったのが、近くの村で山菜を取っていたノア達だった。
ノアは圧倒的な力で魔族を退けた。
それを見たカイルは、感謝するどころか、その力を利用することを思いつく。
ノアが魔族の幹部を討った手柄を、そっくりそのまま自分のものにしようと企んだのだ。
カイルは何も知らないノアに対し、「囚われた仲間を一緒に救ってほしいと」と嘘をつき、ドロリス大空洞へ誘い込んだ。
そしてあろうことか、待ち構えていた魔族に対し、ノアを「生贄」として売ったのだ。
「ノアと一緒にいた女の子を……俺の部下が捕らえていた。……逆らえば、その子を殺すと脅したんだ……」
カイルは震えながら告白を続ける。ノアがいつか魔族の手を逃れ、自分の嘘を暴きに来ることを恐れたカイルは、ヴァイオレット王国に「勇者」として自分を売り込み、討伐隊を要請した。ノアの口止めを兼ねて、魔族もろともこの大空洞を消し去るために。
「……自分勝手な」
俺はノアの方を見た。彼は納得のいかない顔のまま、拳を固く握りしめている。
「……女の子はどうした?」
俺の問いに、カイルは力なく首を振った。
「あれは嘘だ……俺もそこまで非道ではない。脅しのネタにしただけだ……」
カイルの言葉が止まると、周囲を囲んでいた騎士たちからも、隠しきれない嫌悪の溜息が漏れた。人質という嘘までついて、一人の男を地獄へ叩き落としたのだ。その罪深さは、もはや言葉にするのも汚らわしい。
「人質は嘘だったがそのことで怒ってくれたお前たちを信じよう」
ノアの拳の力が抜けていた。
「ともかく、帰るとしますか」
ロロが、重苦しい空気を切り裂くように口を開いた。
「もうクタクタです……」
ヴィニーもアーサーも、激戦の疲れが隠せないようだ。本来ならここで学園に戻り、休むのが筋だろう。
だが、俺の意識は別のところに向いていた。俺は腰を下ろしていたノアに歩み寄る。
「ノア、お前と話がしたい」
ノアは立ち上がり、俺を値踏みするように見つめると、短く答えた。
「……俺の村へ来い。俺もお前に興味がある」
「今からでもか?」
「構わない」
ノアはそう言って、迷いのない足取りで歩き出した。
俺の中に、彼に対する純粋な好奇心が湧き上がっていた。
「ちょっ、待てよ!」
俺は慌ててロロの元へ走る。
「ロロ! 俺、ノアの村に行ってくるわ。報告は任せた。あいつ――アリゾナはお前の方が言う事聞くだろ。あと、カイルはまだ殺させるなよ。よろしくっ!」
「よろしくっ、っておい! お前!」
ロロの制止も聞かず、俺はノアの背中を追って走り出した。
「……こういう時は生き生きしてますよね、あの人」
アーサーが、遠ざかる俺の背中を見て呆れたように呟く。
「疲れてないんだろうか、一体……」
「あんな化け物どもの話はやめようぜ。俺たちは……飯食って寝る、それだけだ……」
ロロが深い溜息をつき、騎士軍の撤退作業へと視線を戻した。




