賢者の杖・・・勇者到来
「あいつ、何が『杖の封印は……』だよ」
私は金庫に遺されていた地図を頼りに、その場所へと辿り着いていた。
「最後の最後まで、全く……」
そこは、かつて私がヴァレルと過ごした古びた建屋だった。
賢者であった私は人目を避けるように山奥に住むことが多く、その道中で出会ったのが赤子のヴァレルだった。学校も何もない奥地で、私は仕方なく、けれど大切にあいつを育てたのだ。
「にしても、まだ形を保っているなんてな。たまに手入れもしていたか……」
一五〇〇年。それだけの月日が流れたはずなのに、そこには当時の匂いまでもが残っているかのように、そっくりそのまま残されていた。
「まあ、地下室かな」
私は短く詠唱を唱える。
何もない床から石造りの階段が現れた。コツコツと靴音を響かせながら降りるたび、脳裏に当時の記憶が鮮明に蘇る。
「……でっか」
地下に降り立った私は、思わず声を漏らした。
その空間は、当時とは比較にならないほど巨大に拡張されていた。いたるところに配置されたトラップ、執拗に侵入者を拒む召喚獣の襲撃。
ここに立ち入る者を排除しようとする、強固な防衛機構が張り巡らされている。
「弟子は卒業したとは言ったものの、この程度じゃ全然ダメだな」
パチンッ、と指を鳴らす。
私は片っ端から魔術の対処を行っていった。弟子の本気を受け止めるように、あえて真っ向から。
「一五〇〇年生きていた割には、まだまだだな」
そう毒突きながら、私はついに最奥へと辿り着いた。
そこには、神々しく光を放つ一本の杖があった。
「最後のトラップは……っと」
パチンッ。
剣士を始めてから、この指パッチンはすっかり板についた。
最初は魔法の起動を誤魔化すための小細工だったが、今ではあらゆる術式を簡易的に、かつ最速で展開できる。
その甲斐あって、剣士としての立ち振る舞いには一切の違和感がなくなった。今の私を「賢者」だと見抜ける者など、この世にはいない。
「おれも、まだまだ成長している」
私はその杖を手に取った。
その瞬間、地下室の空気が爆ぜた。一五〇〇年という時を経て、主の手へと戻った杖が歓喜の咆哮を上げているかのように、狂暴なまでの魔力が全身を駆け巡る。
「……ッ、落ち着け」
私はその奔流をねじ伏せるように、魔力を掌に収束させた。
すると、光の残滓が揺らめき、目の前に十八歳の頃のヴァレルの幻影が現れた。
奴は何も言わなかった。ただ、かつて私がそうしたように、不敵な笑みを浮かべて私の肩を拳で「コツン」と叩く。
――『あとは、頼みましたよ』
そんな声が聞こえた気がした。幻影はそれだけを残し、吸い込まれるように杖の中へと消えていった。
「……言われなくても、わかってる」
手に残ったのは、確かな魔力の重み。しっくり来るな……待ってろよ、魔王。
杖をひと振りすると、地下室の空気が鋭く裂けた。以前のようなハリボテの魔法ではない。今の指先には、一撃で城一つを消し飛ばしかねない「本物の賢者」の威圧が宿っている。
私は杖を懐に収め、迷いなく地上へと駆け上がった。
杖を探しに出て約一ヶ月。
教団の整理や杖の調整で学園を離れていた私が戻ると、街は異様な熱気に包まれていた。
「勇者が現れた」
そのニュースが、盛大な祝祭のように国中を駆け巡っていたのだ。
勇者――それは単なる称号ではない。
魔法抵抗力が極端に強く、自ら魔法を扱うことはできなくなるが、代わりに魔法をも凌駕する力と、強化魔法以上の身体能力を宿す個体。
血筋が関係しているとも言われるが、その覚醒時期も過程も、未だ謎に包まれた領域だ。
転生直前、預言者が言っていた。
『大きな闇と、光が二つ現れる』
魔王と私、そして勇者。全ての役者が揃ったということか。
「ルーシュ!」
不意に声をかけてきたのは、ロロだった。
「久しぶりだな、どうした?」
「勇者の件だよ! 王国がおかしくなってる!」
ロロの表情は、いつになく切迫していた。
「どういうことだ?」
「いいから来いって! お前の力がいるんだ!」




